ヒグマ個体群の空間構造-アトラクティブ・シンク現象の解明と被害管理への応用-

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抄録

 個体群の分布域や個体の行動圏が大きな動物では,その分布域や行動圏の内部に環境の空間的異質性があり,利用する地域によって個体あたりの獲得栄養量や死亡リスクに差がある可能性がある.北海道東部阿寒白糠地域のヒグマ個体群に関する研究から,この空間的異質性が,駆除による死亡の危険が高いのにヒグマに農地付近を利用させ,軋轢を増し,高い死亡率につながるアトラクティブ・シンク現象を起こしていると仮説を立てた.まずこの仮説提起の根拠となる知見,次に仮説の妥当性を検討した事例を報告し,最後に被害管理への応用のためのコメントをいただく.<br>演題1 駆除を続けても被害が減らない-アトラクティブ・シンク仮説<br>   佐藤喜和(酪農大・野生動物生態)<br> 北海道東部浦幌町ではヒグマの出没と食害が増加し,その対策として駆除が続けられているが被害は減る傾向が見られない.駆除統計によりこの実態を説明する仮説を提案する.<br>演題2 分布中心部から周縁部に向けた移動・分散と繁殖の実態<br>   伊藤哲治((株)野生動物保護管理事務所)<br> 阿寒白糠地域のヒグマのミトコンドリアおよびマイクロサテライト DNA解析により,中心部および周縁部のメスのハプロタイプの分布,オスの移動実態,およびオスの移動先での繁殖行動の実態が明らとなり,アトラクティブ・シンク現象が示唆された.<br>演題3 ヒグマの食性-個体群中心部と周縁部の比較<br>   小林喬子(農工大・野生動物保護管理)<br> 軋轢が増す初夏や晩夏にヒグマが利用した採餌物は,周縁部では農作物の利用が多かったのに対して,中心部では草本類,昆虫類,液果類などの自然資源が多かった.秋は両地域とも堅果類や液果類を利用する傾向にあった.エゾシカの利用は周縁部で多かった.<br>演題4 ヒグマにとってアトラクティブな資源とは?<br>   高田まゆら(帯畜大・動物生態)<br> ヒグマを農地や集落付近にアトラクトする原因の1つと考えられているシカの駆除残滓や農作物がヒグマにとって質の高い資源となっているかを確かめるため,それらの分布と全道で捕獲されたヒグマ個体の腎脂肪量との関係を検討した.<br>演題5 ヒグマの分布地点と駆除地点の空間分布<br>   園原和夏(日大・森林経営)<br> 阿寒白糠地域を対象に,ヒグマの駆除地点と出没確認地点を用いて空間分布図を作成し,それぞれの分布を説明する環境因子を明らかにした.さらに,ヒグマの出没地点と駆除地点の空間分布における相互関係ついて,アトラクティブ・シンクの視点から検討した.<br>コメント 狩猟管理学の視点から-駆除・狩猟によるヒグマ管理と残滓問題の今後<br>   伊吾田宏正(酪農大・狩猟管理)<br> 依然として過剰なエゾシカ個体数の削減のため,クマを誘因するシカ残滓の放置が今後も懸念される.シカの資源利用の促進および適正な残滓処理に加えて,最終的な管理オプションとしてクマを捕獲できる高い技術をもった狩猟者の育成が北海道の野生動物管理の大きな課題となるだろう.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680610332672
  • NII論文ID
    130004654739
  • DOI
    10.14907/primate.29.0.53.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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