変形性膝関節症患者は効率のよい椅子からの立ち上がり動作を行っているか

DOI
  • 阿南 雅也
    広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座
  • 鈴木 謙太郎
    広島大学大学院保健学研究科保健学専攻博士課程前期
  • 八木 優英
    広島大学大学院保健学研究科保健学専攻博士課程前期
  • 井原 拓哉
    特定医療法人玄真堂川嶌整形外科病院リハビリテーション科
  • 木藤 伸宏
    広島国際大学保健医療学部総合リハビリテーション学科理学療法学専攻
  • 新小田 幸一
    広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座

Abstract

【目的】 変形性膝関節症(以下,膝OA)は膝関節痛,大腿四頭筋の筋力低下等を来し,日常生活を送るうえで多くの動作能力が障害される.その中でも椅子からの立ち上がり動作(以下,STS)は動的要素の強い動作であり,1) 臀部離床という臀部および大腿部と足部より作られた広い支持基底面から,足部のみの狭い支持基底面への移行,2) 座位の高さから立位の高さまでの身体重心上方移動の2つの機能が要求される.また,STSの動作方略には力制御方略,運動量方略および上肢を使用した方略があり,その中でも運動量方略は体幹前傾運動によって生成されたエネルギーが下肢へ伝達され,身体を停止させずに新たな姿勢へと滑らかに動くため,最も効率的な方略であるとされている.そこで本研究では,関節モーメントによるエネルギー変化である筋パワーを指標として,体幹前傾運動および下腿前傾運動,膝関節伸展モーメントとの関係から,膝OA患者は効率的なSTS方略を行えているかを検討することを目的として行った結果,幾つかの知見を得たので報告する.【方法】 被験者は膝OAの診断を受けた女性24人(平均年齢69.9±4.7歳)の膝OA群および,膝OA群と同等の属性をもつ健常な女性19人(平均年齢69.8±4.1歳)の対照群であった.課題動作は下腿長の高さの座面高をもつ椅子からのSTSとし,動作スピードは被験者の感じる快適スピードとした.STS中の運動学データは赤外線反射マーカーを身体各標点に貼付し,赤外線カメラ6台からなる三次元動作解析システムVicon MX(Vicon社製)を用いて計測した.同時に運動力学データは床反力計(テック技販社製)4基を用いて計測した.得られたデータを基にBodyBuilder(Vicon社製)を使用して,身体重心,セグメント角度,関節モーメント,筋パワーを算出した.筋パワーを基に,時間積分を行った値である関節モーメントにより各セグメントになされた仕事量(積分値)と,仕事量を時間で除した筋パワーの値(平均値)をそれぞれ算出した.なお,本研究ではセグメント内の各部位は頭頂部に近い方を近位部,遠い方を遠位部と表現した.統計学的解析には統計ソフトウェアSPSS Ver.17.0 J for Windows(エス・ピー・エス・エス社製)を用い,対照群と膝OA群との比較には対応のないt検定を用いた.なお,有意水準は5%未満とした.【説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に沿った研究であり,研究の実施に先立ち,演者の所属する機関の倫理委員会の承認を得た.また,被験者に対して研究の意義,目的について十分に説明し,口頭および文書による同意を得た後に実施した.【結果】 胸部前傾角度変化量は,膝OA群が対照群と比較して有意に高値を示した(p<0.05).また,臀部離床時の身体重心-踵間距離は,膝OA群が対照群と比較して有意に低値を示した(p<0.05).しかし,下腿前傾角度変化量および膝関節伸展モーメント積分値は,両群間に有意な差が認められなかった.筋パワーにおいては,臀部離床までにみられる骨盤遠位の負パワーの平均値,臀部離床後から下腿最大前傾までにみられる下腿近位の負パワーの積分値および平均値は,膝OA群が対照群と比較して有意に低値を示した(p<0.05).また,臀部離床前からみられる大腿近位および大腿遠位の正パワーの平均値は,膝OA群が対照群と比較して有意に低値を示した(p<0.05).【考察】 正パワーは筋からのエネルギー産生,負パワーは筋へのエネルギー吸収を示す.効率的なSTS方略を行うには,体幹前傾運動および下腿前傾運動によって発生したエネルギーを筋を介して大腿部へ伝達することで,臀部離床および身体重心上方移動のために要求される生理学的エネルギーの産生を低く抑える必要がある.本研究の結果から,膝OA群のSTSは体幹前傾運動を主に胸部前傾運動によって行って身体重心を足部のみの支持基底面により近づけ,臀部離床後の安定性を保証しようとしていた.しかし,膝OA群はすばやくエネルギーを産生および吸収する筋の高い制御能力が低下しており,股関節伸展筋へのエネルギー吸収量を増やすことができず,その結果として膝関節伸展筋の負担を減らすことができない動作を行っていたことが明らかになった.さらに,膝OA群のSTSは臀部離床後の下腿前傾運動による膝関節伸展筋へのエネルギー吸収量が少ないため,生理学的エネルギーの産生が増大している可能性が考えられる.以上のことから,膝OA群は効率的なSTS方略を行えていないことが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 本研究の意義は,膝OAにおいて大腿四頭筋筋力の低下だけではなく,筋パワーの低下も起こっていることを示したことである.さらに膝OAの進行を予防するためには,大腿四頭筋筋力の強化だけでなく下腿近位の膝関節伸展筋へのエネルギーの吸収する能力を高める運動療法を開発する必要性を示したことである.

Journal

Details 詳細情報について

  • CRID
    1390282680548940672
  • NII Article ID
    130004692896
  • DOI
    10.14900/cjpt.2011.0.ca0222.0
  • Text Lang
    ja
  • Data Source
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • Abstract License Flag
    Disallowed

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