脳梗塞発症前の運動の効果及び酸化ストレスに着目した作用機序の検討

DOI
  • 濱川 みちる
    名古屋大学医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野
  • 嶋田 悠
    名古屋大学医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野
  • 中島 宏樹
    名古屋大学医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野
  • 石田 章真
    名古屋大学医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野
  • 玉越 敬悟
    名古屋大学医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野
  • 豊國 伸哉
    名古屋大学医学系研究科病理病態学講座生体反応病理学/分子病理診断学
  • 石田 和人
    名古屋大学医学系研究科リハビリテーション療法学専攻理学療法学分野

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抄録

【目的】脳梗塞時には活性酸素やフリーラジカルが大量に産生され、酸化ストレスとして組織損傷を拡大させるため、酸化ストレスは脳梗塞を増悪させる主要な因子である。一方、健常なラットを長期間運動させると、脳内で抗酸化酵素が増加し酸化ストレスの減少をもたらすことが報告されており、運動は脳内の抗酸化作用を高めることが示されている。また、先行研究では、脳梗塞モデルラット作成前に一定期間の運動をさせると、運動していないラットに比べて、脳梗塞後の梗塞体積が減少し運動機能障害も軽減するといった脳梗塞障害軽減効果が報告されている。しかし、運動により高まる脳内の抗酸化作用が、脳梗塞時の酸化ストレスに影響を及ぼしているかどうかは不明である。そこで本研究では、脳梗塞発症前の運動の効果および作用機序を酸化ストレスに着目して検討することを目的とした。<BR>【方法】実験動物には Wistar系雄性ラット(5週齢)を用いた。無作為に運動群と非運動群に分け、運動群は3週間トレッドミル運動(15 m / min、30分/日)を毎日行った。非運動群は走行させずにトレッドミル装置内に暴露させた(1日30分間)。3週間後、各群に小泉法による脳梗塞モデル作成手術を施行した。手術24時間後に、運動機能評価として、麻痺の重症度を評価する Neurological Deficits(ND)、歩行時のバランス能力の評価として Beam Walking(BW)、はしご上の歩行における前肢の協調運動機能を評価するLadder test、前肢の感覚運動機能の評価として Limb Placing(LP)を行った。その直後に脳を採取し、TTC染色により非梗塞半球体積に対する梗塞体積の割合を算出した。また、酸化ストレスの指標として、酸化ストレスによる細胞膜障害の指標となる 4-hydroxy-2-nonenal [4-HNE]及びDNA障害の指標となる 8-Hydroxydeoxyguanosine[8-OHdG]の免疫染色を行った。統計学的検定には、対応のない t検定と Mann-WhitneyのU検定を用い、有意水準は5%未満とした。<BR>【説明と同意】本研究は、名古屋大学医学部保健学科動物実験委員会の承諾を得て実施した(承認番号:022-028号)。<BR>【結果】脳梗塞手術24時間後の運動機能のうち、 ND(麻痺の重症度)と Ladder test(前肢の協調運動機能障害)は運動群の方が非運動群に比べて軽度で、有意差が認められた(p < 0.05)。一方、 LP(前肢の感覚機能)や BW(歩行時の後肢機能)は群間に有意差は認められなかった。また、梗塞体積割合は、運動群の方が非運動群よりも有意に小さく(p < 0.05)、脳梗塞発症前の運動はその後の脳梗塞による組織損傷を軽減することが示された。酸化ストレス指標のうち、過酸化脂質の指標である4-HNEの免疫染色では、非運動群に比べて運動群は陽性細胞が少ない傾向にあった。また、DNAの酸化的損傷を示す8-OHdGは、梗塞側では運動群の方が陽性細胞が少ない傾向にあったが、非梗塞側は両群とも陽性細胞は見られなかった。<BR>【考察】本研究は、脳梗塞発症前に3週間運動を継続することが、その後の脳梗塞の障害に及ぼす効果を酸化ストレスに着目して検討した。その結果、脳梗塞前に運動を行った運動群は非運動群と比較して、脳梗塞後の梗塞体積が減少し運動機能障害が軽減され、先行研究の結果と一致した。また、脳梗塞による細胞膜及びDNAに対する酸化ストレスが運動群で減少したことから、運動によって高められる脳内の抗酸化作用は、正常時だけでなく、脳梗塞時の酸化ストレスに対しても抑制効果をもたらす可能性が示唆された。これらのことから、3週間の運動が脳梗塞後の障害軽減効果をもたらした作用機序として、脳内の抗酸化作用を高めて脳梗塞の酸化ストレスを抑制したことにより、組織損傷が軽減し、運動機能障害が改善されたと考えられる。しかし、今回の運動条件がどの程度の抗酸化作用を有しているかは確認していないため、今後検討していく必要がある。<BR>【理学療法学研究としての意義】本研究は、健常時の運動習慣の有無が脳梗塞を発症した場合の障害程度に及ぼす影響について検討した基礎研究であり、発症前の運動習慣が脳梗塞の予後を改善する可能性を示唆している。また、今後理学療法士が活躍の場を広げ予防医療の分野に携わる際、運動を推奨することの科学的根拠となる有用な知見である。

収録刊行物

  • 理学療法学Supplement

    理学療法学Supplement 2010 (0), AcOF1030-AcOF1030, 2011

    公益社団法人 日本理学療法士協会

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