実践的合成研究を基盤としたイネ科植物の鉄イオン取り込み機構に関する研究
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- 難波 康祐
- 徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部
抄録
鉄は地球上のほとんどすべての生物の生命活動維持に欠かせない元素であるが,酸素分圧の高い現在の地球環境では,鉄は主に水に難溶なFe3+として存在している.このため,鉄は地殻中元素の約5%を占めるほど豊富に存在するものの,生物が利用できる水溶性の鉄イオンは地表上にわずかしか存在していない.植物は,このわずかな鉄イオンを吸収して生育しているが,土壌溶液のpHが高いアルカリ性条件下では,水酸化鉄(Fe(OH)3,FeO(OH))の溶解度が極めて低いため,植物は根から必要な鉄イオンを吸収できずに鉄欠乏症となる.このようなアルカリ性土壌は農耕に適さない不良土壌とされており,全世界の陸地のおよそ3割を占めている.一方,この鉄欠乏状態を克服するために,イネ科植物は長い進化の過程で独自の鉄吸収メカニズムを獲得してきた.すなわち,イネ科植物のオオムギは根からムギネ酸(mugineic acid:MA)と呼ばれる鉄キレート剤(ファイトシデロフォア)を分泌し,土壌中の鉄(Ⅲ)イオンとの錯体を形成することによって可溶化し,特異なトランスポーターを介して鉄イオンを植物内に取り込むことが知られている(図1).<br>近年,世界人口は急激な増加の一途をたどっている.2050年頃には深刻な食糧危機に直面することが懸念されているなか,アルカリ性不良土壌で穀物を生産する手段の開発は重要な研究課題となっている.そのような背景のもと,ムギネ酸に関する研究は国内外で活発に行われてきた.ムギネ酸の構造決定,コバルトおよび銅との錯体結晶構造解析,ムギネ酸類の生合成経路の解明,ムギネ酸・鉄錯体トランスポーターHvYS1の同定,ムギネ酸生合成遺伝子を導入したアルカリ耐性イネの作成など多様な研究が実施されてきたが,鉄イオン取り込みに関する分子レベルでの詳細なメカニズムはいまだ明らかとなっていない.本稿では,鉄イオン取り込み機構の解明や,ムギネ酸の実用化に関する有機合成化学的なアプローチについて,我々の研究を中心に紹介する.
収録刊行物
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- ファルマシア
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ファルマシア 50 (4), 305-309, 2014
公益社団法人 日本薬学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282679475352832
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- NII論文ID
- 130005154889
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- ISSN
- 21897026
- 00148601
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
- KAKEN
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可