音素に基づく文意理解に関する諸学説の比較検討 On the Theory of Phonemes Conveying the Sentence Meaning

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Abstract

<p>ミーマーンサー学派の文意論の大成者Kumārilabhaṭṭaは,著書<i>Ślokavārttika</i> Vākyādhikaraṇaにおいて,文意が語意から生じることを主張し,その過程をさまざまに検討し,それ以降の文意論の展開に大きな影響を与えた.その議論の途中 vv. 110–117において,「音素を文意理解の原因とする」説が登場し,簡潔に否定される.この音素→文意論は,Śālikanāthaの<i>Prakaraṇapañcikā</i>においても,Prabhākara 派の立場から,(恐らくスポータ論者と一緒くたにして)「最終音素→文意」説ないし「文想起→文意」説として,批判される.Vācaspatimiśra著作<i>Tattvabindu</i>では,このŚālikanāthaのテキストが多く使われており,例文も同じで,構成及び説の定義は多少異なれど,大筋は殆ど変らない.一方,Vācaspatiとの年代関係が議論されてきたJayantabhaṭṭaは<i>Nyāyamañjarī</i> 6.2において,「音素を文意理解の原因とする」説に対して,更に詳細な検討を試みる.そして彼の「音素→文意」論では,ミーマーンサー系統の痕跡のない,Jayanta独自の議論が展開される.このように,スポータ理論を批判するという一点で共通するこれらの学匠は,文意の考え方の違いにより,音素に対して採った戦略が異なる.本稿では,KumārilaからVācaspatiへの議論の発展と,Jayantaが提供する資料から得られる議論を比較しながら,音素→単語と,単語(語意)→文意の狭間に位置する媒介としての音素→文意論の内容を考察する. </p>

Journal

  • Journal of Indian and Buddhist Studies (Indogaku Bukkyogaku Kenkyu)

    Journal of Indian and Buddhist Studies (Indogaku Bukkyogaku Kenkyu) 65(3), 1089-1094, 2017

    Japanese Association of Indian and Buddhist Studies

Codes

  • NII Article ID (NAID)
    130006539168
  • NII NACSIS-CAT ID (NCID)
    AN00018579
  • Text Lang
    ENG
  • ISSN
    0019-4344
  • NDL Article ID
    028066294
  • NDL Call No.
    Z9-55
  • Data Source
    NDL  J-STAGE 
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