『中論』第23章におけるśubhāśubhaviparyāsa解釈:――チャンドラキールティの理解を中心として―― The Reading of <i>śubhāśubhaviparyāsa</i> in the Twenty-third Chapter of the <i>Mūlamadhyamakakārikā</i>::With a Special Focus on Candrakīrti's Interpretation

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Abstract

<p>「顚倒の考察」(Viparyāsaparīkṣā,Phyin ci log brtag pa,観顚倒品)という章題で知られる『中論』第23章では冒頭の第一偈を含む,三つの偈でśubha(浄)とaśubha(不浄)とviparyāsaḥ(顚倒)の三つの単語からなるśubhāśubhaviparyāsāḥという複合語が確認されるが,この語に関する情報は非常に限られ,この語の語義の決定を困難にしている.『無畏論』,『仏護註』,『般若灯論』において,この語はśubhaとaśubhaとのviparyāsaḥ (sdug dang mi sdug pa'i phyin ci log),と解釈されているが,『プラサンナパダー』ではśubhaとaśubhaとviparyāsaという並列複合語として解釈されており,諸註釈者とチャンドラキールティには解釈に異同が確認される.本稿ではチャンドラキールティの複合語解釈とそれを前提にした彼の第23章理解を考察する.</p><p>チャンドラキールティは第23章の主題を「煩悩」とし,第23章は「原因に縁って生じる煩悩の無自性性」(1,2偈),「煩悩が帰属する拠り所の否定」(3,4偈),「煩悩と心の同時生起の否定」(5偈),「煩悩の原因の否定」(6偈〜22偈),「煩悩を滅する方法の否定」(23,24偈)の5つの視点から煩悩の存在を否定する章としてこの章を理解する.6偈から23偈を「煩悩の原因の否定」として解釈する際に前提となっているのが彼の複合語解釈であり,śubhaṃとaśubhaṃとviparyāsāḥそれぞれを一偈に説かれる貪欲(rāga)・瞋恚(moha)・愚痴(dveṣa)の原因として対応させている.</p><p>彼の複合語解釈は他の『中論』註釈者と異なるものであり,彼の第23章理解に示される「煩悩」という第23章の主題も「顚倒の考察」という章題の示す主題と異なるものである.しかし,彼のśubhāśubhaviparyāsāḥ解釈を前提とした第23章理解には章全体を統一的に理解しようとする意図があると考えられ,そこからは伝統的に伝えられてきた章題や先行する註釈者たちの理解にかならずしも左右されない彼の註釈態度がうかがわれる.</p>

Journal

  • Journal of Indian and Buddhist Studies (Indogaku Bukkyogaku Kenkyu)

    Journal of Indian and Buddhist Studies (Indogaku Bukkyogaku Kenkyu) 65(3), 1210-1214, 2017

    Japanese Association of Indian and Buddhist Studies

Codes

  • NII Article ID (NAID)
    130006539211
  • NII NACSIS-CAT ID (NCID)
    AN00018579
  • Text Lang
    ENG
  • ISSN
    0019-4344
  • NDL Article ID
    028065867
  • NDL Call No.
    Z9-55
  • Data Source
    NDL  J-STAGE 
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