琵琶湖集水域における水管理の課題

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タイトル別名
  • Problems of water management in the Lake Biwa watershed
  • -Concerning conservation and wise use of wetland-
  • ー湿地の保全と賢明な利用をめぐってー

抄録

1. 問題の所在<br> 琵琶湖の環境保全や環境管理に関する研究や政策形成に関しては、これまでかなりのものが蓄積されている。しかし、その多くは水質を中心とした物質循環に関わるものであり、生態系や生物多様性に関わる政策関連の研究は相対的に少なかったというのが実情であろう。<br>  そこで、本シンポジウムでは、1993年にラムサール条約に登録された琵琶湖について、湿地生態系という面からその環境的特性と保全のあり方を考察していくこととした。<br>  1971年に成立したラムサール条約は、その正式名称が「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」となっていることから、水鳥の保護を目的とし、その生息地である湿地が対象となっているといった理解をされがちである(安藤、2000)。しかし、この条約の本来のねらいは、幅広く湿地保全をめざしたもので、条約成立後、多くの決議や勧告を通じて湿地保全条約としての性格を顕在化させてきた。ラムサール条約湿地としての琵琶湖という面からアプローチする際には、この点を前提条件としておさえておくことが必要であろう。<br><br> 2. 対象としての琵琶湖流域<br>  ラムサール条約をめぐる理解でいま1つ注意を要するのは、同条約でいう湿地の定義が幅広いことである。条約では、通常湿地として連想される規模の比較的小さい湿地だけでなく、浅い海岸や河川、湖沼、ダム湖から水田までをカバーしている。1993年に琵琶湖が登録された際には、琵琶湖本体だけが対象であった。その後、2008年に琵琶湖沿岸域に位置する内湖の西の湖が拡大して登録されたが、この場合も対象は西の湖本体に限られている。しかし、ラムサール条約では、琵琶湖を取り巻いて集水域に展開している水田が対象候補地となり得るのである。<br>  ラムサール条約で対象となっているのは、琵琶湖や西の湖本体のみであるとはいえ、これらの環境的特性や保全のあり方を考察する場合には、その沿岸域や集水域の存在を無視し得ない。湖本体と水や土地を介してつながった沿岸域や集水域は、生態的な機能としては連続した部分を多く抱えているからである。それゆえ、ここでは湖、沿岸域、集水域を統合して琵琶湖流域とみなし、その総体的な認識を基礎におきつつ、集水域を代表する土地利用である水田に焦点をあてて、湿地生態系という面からその環境的特性と保全のあり方を考察していく。<br><br> 3.農業水利と環境的特性<br>  国連が主導して、2001年から2005年にかけ専門家による地球規模の生態系に関する評価が行なわれた際、生態系が提供するサービスが人間生活といかに関わっているかを評価した。この評価(ミレニアム生態系評価)のなかで、生態系のサービスを4つに分類した(供給サービス、調整サービス、文化的サービス、基盤サービス)。<br>  水田に水を供給し、水田本来の機能を発揮させる農業水利には、灌漑用水を供給して米の生産性を高めるという機能のほかに、浄化機能や生態系保全機能、景観形成機能など、調整サービスや文化的サービスに該当する機能を備えていた。ところが、高度経済成長期以降に展開した土地改良事業は、供給サービスの機能をより高度化するという目的を掲げ、高度経済成長の後期にはほぼそれを達成した。米の生産調整が行なわれるようになったのは、それを傍証する事象であろう。<br>  水田が湿地生態系として果たしてきた機能は、こうした土地改良事業の結果、低下したり、失われることになった。一方、自然生態系や生物多様性に対する関心の高まりの中で、水田が果たすさまざまな機能にも関心が寄せられるようになっている。琵琶湖集水域における水田は、水田それ自体の生態的な価値だけでなく、琵琶湖と関わって流域規模で果たす生態的な価値をも有している。したがって、水田がかつてもっていた機能を復元していくためには、現代化された農業水利のあり方を再考していく必要がある。これは、琵琶湖流域における農業水利のおかれた特性ゆえに帯びることになった新たな課題である。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680670695680
  • NII論文ID
    130007016990
  • DOI
    10.14866/ajg.2010f.0.182.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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