産業化期の同業者町における制度の変化と組織の対応:東京日本橋本町における医薬品産業同業者町を事例に The change of formal institutions and responses of local association in a modern industrial district:the case of a pharmaceutical trade association in Tokyo, Japan, 1713-1943

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1.研究の背景と目的 近年の英語圏における産業地域の経営史、歴史地理学研究では、産業地域の維持・存立に関わる議論の焦点が、同業者の協同的経営文化の存在から、対立を調整する制度・組織的メカニズムの存在へと移動しつつある(Carnevali 2003)。こうした議論は、業者の近接性から協同が自生的に発生するという説明を批判し、同業組合や商工会議所、地方自治体などの組織や制度の運営による経済主体の意識的努力を重視する。 以上の動向を念頭に、発表者はこれまで産業化期日本の大阪における同業者町を分析してきた。そこでは同業者町を維持・発展させた要素としてローカルな制度・慣習に立脚した調整機能が重要であり、これを有効に作用させるためにローカルな制度・慣習とフォーマルな制度・組織が緊張関係をもって相互作用することが重要であると明らかになった。 本発表は大阪の事例から得られた知見を一般化し、産業化期日本の経験として位置づけるために、東京(江戸)日本橋本町の医薬品産業同業者町を事例に取り上げる。そこでは、株仲間や同業組合といった制度・組織がいかに同業者町の維持・発展と関わっていたか、また、こうした制度・組織の転換期にどのような対応が取られたのかを検討していく。 2.東京(江戸)の薬種流通の構造と制度・組織の変遷 1713年、本町組薬種問屋25人に組合組織が幕府により公認された。その後、将軍吉宗の国産薬種奨励策の下で、道修町同様に和薬改会所が隣接して設置され、本町組薬種問屋は江戸の薬品市場を独占する形となった。以降、江戸期を通じて、独占の弊害を慮った幕府による改会所の廃止と、流通秩序の維持を求めて改会所再興を求める本町薬種問屋の間で交渉が続けられた。また、1841年、いわゆる天保の改革において一端は問屋株の廃止が行われたが、やはり商秩序回復のため、1851年には旧に復している。一方、19世紀に入ると、業務内容と組合の規制の間にある齟齬を解消するため、絵具・染草、砂糖の問屋組合が本町組薬種問屋から分かれて結成された。 明治維新は医薬品市場にも混乱をもたらした。株仲間も解放される中、商秩序の維持を目的に本町の薬種問屋40数名が結集して東京薬種問屋睦商が組織され、薬品量目の統一や取引慣行の維持などが行われた。なお、1884年には洋薬の取引に対応するため、睦商は発展的に解消して、同業組合準則に基づいた規約を備える東京薬種問屋組合が結成された。また、日清戦争を契機に製薬事業が発達すると、1898年には問屋組合の強い影響下に製薬同業組合が結成された。1900年、重要物産同業組合法が施行されると、いち早くこれに対応して対外貿易を目的に取り込み、東京薬種貿易商同業組合に装いを改めた。 3. 同業者町における商秩序の維持と独占の弊害 以上のように本町の仲間・組合の組織は、政府の施策、法令などの制度の変化に対応して臨機応変に装いを変え、またその都度実態に合わなくなった業態については分離や包含を行うことで存続し、発展してきた。しかし、本町の中で行われる取引業務の内容は、江戸期から大正期までほとんど変化しておらず、本町での取引決済には必ず「附け込通帳」を必要とし、独特の符丁を用いるなど排他的なものであった。すなわち、医薬品市場としての東京本町は、ローカルな仲間・組合の結成によって商秩序の維持を求める動きと、市場における独占の弊害を慮り営業の自由を求める公的な制度の影響とがせめぎ合う場であったと言える。 【引用文献】 Carnevali, F. 2003. Maledactors and honourable men: the making of commercial industry in nineteenth-century industrial Birmingham. in Popp, A. and Wilson, J. F. eds. <i>Industrial Clusters and Regional Business Networks in England, 1750-1970</i>, Aldershot, Hampshire: Ashgate. pp. 192-207.

This paper examines responses of trade associations, whose base were in an industrial district, to shifts of policies and institutional changes. To do so it uses the pharmaceutical industrial district in Nihonbashi-Honcho, Tokyo, during 1713 to 1943, as an example. Trade associations in Nihonbashi-Honcho have flexibly shifted its systems and organizations as governmental policies and lows changed and prospered for several hundred years. However, practices of trades in Nihonbashi-Honcho remained unperturbed even after the Meiji restoration of 1868. <br>

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  • Proceedings of the General Meeting of the Association of Japanese Geographers

    Proceedings of the General Meeting of the Association of Japanese Geographers 2016s(0), 100249, 2016

    The Association of Japanese Geographers

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