準結晶における強相関効果の発見――数学を具現化する物質で見つかった非従来型量子臨界現象

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タイトル別名
  • Unconventional Quantum Criticality Observed in Quasicrystal Bridging between Mathematics and Crystals
  • ジュンケッショウ ニ オケル キョウ ソウカン コウカ ノ ハッケン : スウガク オ グゲンカ スル ブッシツ デ ミツカッタ ヒ ジュウライ カタ リョウシ リンカイ ゲンショウ

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抄録

<p>準結晶の原子配列は周期性とは異なる並進秩序を持ち,高次元の「超空間」からの射影として記述される.このような魅力的な概念を包含する準結晶とはどのようなものであり,そこを舞台として発現する物性とは如何なるものであろうか.</p><p>1970年代,ブラックホールの研究で有名なロジャー・ペンローズは,2種類の図形(タイル)があれば平面を充填できることに気づいた.この2次元タイリング(ペンローズ・タイル)は数学パズルの産物であり,それに対応する物質が実在すると考えた物理学者は(当時)殆どいなかったに違いない.何故なら,それは周期性を持たず,実在結晶には存在しないはずの5回回転対称性を有していたからである.しかし自然とは不思議なもので,1984年,ペンローズ・タイルの3次元版ともいえる(正20面体対称性を持つ)合金がダン・シェヒトマンらによって発見された.これが準結晶研究の始まりである.</p><p>準結晶の回折写真を詳細に調べた結果,回折像上の鋭いスポットの配列は,それまで知られていた結晶に普遍的に見られていた等差数列的なものではなく,(芸術とも深い関わりのある黄金比を公比とする)等比数列的なものであることが分かった.これは,スケールを黄金比倍変えても系が元と同じように見える(即ち自己相似性を有している)ことを示す.この発見は,「鋭い回折像を生じるのは周期性を持つ結晶のみである」とする旧来の固体物理学の常識を根底から覆した.</p><p>準結晶は,このように,固体物理学の常識を次々打ち破ってきたが,その物性は未解明のままである.例えば,準結晶特有の物性は存在するのか,電子波動関数はどのようなものであるか等の基本的問題すら未解決のままであった.準結晶も(周期結晶やアモルファスと同じように)超伝導になりえることが判明したのはごく最近のことであり,磁気長距離秩序を示すか否かは未だ不明である.</p><p>このような中にあり,奇妙な量子臨界現象(絶対零度に相転移を持つように見える現象)を示す準結晶(イッテルビウム元素を含むことからYb系準結晶と呼ばれる)が注目を集めている.準結晶を近似する意味合いを有する「近似結晶」と呼ばれる周期結晶を合成し,極低温且つ高圧力下で磁化率などの温度依存性を測定した結果,Yb系準結晶と同様の量子臨界現象が高圧下で発現することを見出した.量子臨界現象を特徴づける臨界指数は準結晶と近似結晶とで同じであるが,量子臨界現象の現れ方は両者で異なる.近似結晶ではある臨界圧力でのみ量子臨界現象が発現するが,準結晶では圧力に依らず発現する.これは,「圧力に対し硬さを持つ量子臨界現象」が準結晶の特性であることを示唆するものであり,準結晶分野における長年の懸案を解決する糸口になるものと期待される.さらに,磁気測定や共鳴X線発光分光実験により,この量子臨界現象の発現が価数不安定性と関係していることも明らかになりつつある.</p><p>同様の量子臨界現象はYb元素を含む「重い電子系」と呼ばれる周期結晶でも見いだされ,その起源の解明をめぐって精力的な研究が続けられているが,未だ解決には至っていない.準結晶・近似結晶に関する研究は,この重い電子系における未解明の問題を解くヒントにもなるかもしれない.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 74 (11), 774-779, 2019-11-05

    一般社団法人 日本物理学会

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