道南における小児期発症の神経筋難病と重症心身障害児(者)の移行期医療ネットワーク

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1.国立病院機構函館病院に重症心身障害児(者)病棟60床が新設 2020年8月1日、当院は、国立療養所時代からの旧筋萎縮症120床と重症心身障害児(者)120床を、国立病院機構函館病院60床と国立病院機構北海道医療センター180床に新築移転となります。2020年8月からは、国立病院機構函館病院60床は、道南に唯一の重症心身障害児(者)病棟となります。 昭和39年に、患者親の会の要望などを背景に、全国国立療養所結核病棟の空床を利用する形で筋ジストロフィー病棟(27施設)や重症心身障害児(者)病棟が開設されました。当初の目的は、専門療養(特にリハビリテーション、日常生活介護)と教育(通学)でした。現在は特別支援学校や学級が多くありますが、当時は、地域の学校は通学受け入れが無く、養護学校も近くに無い患者さん達が多くいました。重症心身障害児(者)は道南を中心の受け入れでしたが、筋ジストロフィーの子ども達は、全道から児童相談所を介して措置入院(児童福祉)となりました。2019年正月映画「こんな夜更けにバナナかよ」の主人公は、筋ジストロフィーで、当院に入院しながら隣接の養護学校小中学部に通学していました。この主人公は、その後在宅療養しますが、多くの患者さんは、高校卒業後には、医療的ケアや介護が重度となり、専門医療へのアクセスが大変な地域で 年老いた両親のもとで在宅療養することは困難と判断され、継続療養しています。 2.重症心身障害児(者)の動向 重症心身障害児(者)は、肢体不自由(坐位以下)と知的障害(IQ35以下)を合併した状態診断です。重症心身障害児(者)の多くは、脳性まひですが、脳炎や事故の後遺症や、未だ解明されていない疾患が含まれている可能性もあります。1980年頃からの新生児集中治療室(neonatal intensive care unit:NICU)や小児集中治療室(pediatric intensive care unit:PICU)の整備などにより、救命困難であった症例も救命されるようになり、高度医療を継続する例が増えています。 3.小児神経筋難病の動向 小児期発症の神経筋難病は、デュシェンヌ型・福山型先天性・ウルリッヒ型先天性筋ジストロフィー、脊髄性筋萎縮症、先天性ミオパチー、先天性筋強直性ジストロフィーなどです。この中で、脊髄性筋萎縮症は小児の筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis=ALS)と言われるものです。 人工呼吸が導入される以前の死因は呼吸不全が8割以上を占めていました。しかし、1985年から、旧国立療養所筋萎縮症病棟入院者にも人工呼吸の使用が開始されました。当初は気管切開人工呼吸と体外式(胸郭式)人工呼吸が行われ、1990年からは非侵襲的陽圧換気療法(noninvasive positive pressure ventilation=NPPV)が第一選択とされています。人工呼吸が導入されてから、死因として心筋症や消化管および栄養障害が増えています。また、延命により、四肢の障害もさらに重度になっています。 また、1994年に米国FDAに認可された機械による咳介助(mechanical in-exsufflation=MI-E)の研究用第1号機は当院に輸入され、1995年に厚生省に医療機器として認可されました。鼻マスクやマウスピース、気管挿管や気管切開チューブを介して使用でき、挿管予防や早期抜管に役立ちます。 4.在宅療養と入院療養の垣根が無いネットワーク 在宅用機器の進歩に伴い、在宅療養が可能な例も増えていますが、家庭の事情や地域の専門医療体制、教育機関の受け入れにより、入院を要する例もいます。在宅であっても、本人の状態変化、両親の体調不良やケア体制の変化による一時入院、レスパイトのベッドが必要時に確保されていなければなりません。さらに、両親の高齢化や本人の医療的ケアや介護負担が増すことにより、在宅療養の継続が困難になることがあります。 5.延命に伴う急性期医療の活用増大 人工呼吸器による大幅な延命が可能になり、全身の様々な合併症が起こるようになってきています。神経専門のICU(Neuro ICU)がある米国クリーブランドでも、筋ジストロフィーの合併症治療に対するICU利用や手術適応や治療方針について、前例が無く、医学的にも倫理的にも社会的にも判断に苦慮するとしています。 米国疾病予防管理センター(CDC)が作成を促進したデュシェンヌ型筋ジストロフィーのケアの国際ガイドラインは示されていますが、本邦の現場ではそれを実現できるだけの各科の専門医療の育成を要する段階です。CDCは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを神経筋疾患のモデルとして、多科多職種の医療チームを育成し、「神経筋疾患の気管切開、寝たきり、胃ろうをできるだけ回避し、QOLと生命を最大限になるようにすること」を目標にしています。 6.AYA世代の医療体制 デュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、小児科の手元を離れる19歳以降に、救急外来や入院を要する事態が急増することが米国でわかってきました。そして、カナダでも、そのような急性増悪や合併症発症の際に、急性期の入院やレスパイト入院などのニーズに専門性を持って対応できる病院があまり無いことで、“神経筋疾患患者が難民化”していると言われています。 小児がんでは、「これまで生きられなかった小児がん患者が成人になり、内科への移行は困難である」ことから、米国に習って本邦でも、「小児科と多科との連携による治療体制を思春期・若年成人(adolescent and young adult=AYA)世代に続けられる」ように整備が進められています。希少な疾患で、これまで生きられなかった疾患が18歳以上になった時の移行期医療は、欧米でも、橋渡しまでに長期間を要する場合もあります。小児期を診療してきた医療チームと今後を担う成人の医療チームが、症例によっては時間をかけながら徐々に受け渡しができることが望ましいと考えます。 6.疾患修飾薬とマネジメントの組み合わせの重要性 近年、ポンペ病や脊髄性筋萎縮症などで保険診療となっている疾患修飾薬による四肢運動機能や呼吸機能の改善、または進行の緩徐化に伴い、NPPVとMI-Eを用いた呼吸管理の重要性が増しています。効果として、運動機能の改善だけでなく、気管切開の回避やNPPV離脱時間の増加などが挙げられます。欧米では、医学的にも経済的にも、神経筋疾患や重症心身障害児(者)において、気管切開をできるだけ回避する呼吸リハビリテーションの専門性の向上や普及が進んできています。韓国では、神経筋疾患に対する呼吸リハビリテーションの専門拠点病院が大学を中心に各地に整備され、疾患修飾薬による呼吸に対する効果の評価体制の充実がはかられています。本邦においても、今後の疾患修飾薬とマネジメントの専門ネットワーク拠点の強化が求められます。 7.道南における希少疾患の医療ネットワーク  当院が移転する国立病院機構函館病院と国立病院機構北海道医療センター(神経筋疾患のNPPVセンター)および関連の病院とクリニックで、小児期発症の神経筋難病と重症心身障害児(者)の長期及び短期入院、外来、在宅の医療体制の維持をはかれるようにしたいと考えます。そして、希少な疾患の小児から成人まで移行期医療のチームが育成されることが望まれます。

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