K中間子と陽子2つからなる“奇妙な”原子核

  • 岩崎 雅彦
    理化学研究所開拓研究本部・仁科加速器科学研究センター
  • 佐久間 史典
    理化学研究所開拓研究本部・仁科加速器科学研究センター
  • 山我 拓巳
    理化学研究所開拓研究本部

書誌事項

タイトル別名
  • A Novel Form of Nuclear Bound System:“<i>K</i><sup> -</sup><i>pp</i>”
  • 最近の研究から K中間子と陽子2つからなる"奇妙な"原子核
  • サイキン ノ ケンキュウ カラ K チュウカンシ ト ヨウシ 2ツ カラ ナル"キミョウ ナ"ゲンシカク

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抄録

<p>密度は物質が占める体積でその質量を割ったものである.この意味で,原子核は我々が知る安定で最大密度を誇る『物質』であり,その値は金などの一般的な意味での高密度物質と比較しても13桁も高い.</p><p>この原子核は,陽子と中性子から構成される.さらに,核中の陽子,中性子(総称して核子と呼ばれる)はクォークで構成される複合粒子(ハドロン)である.</p><p>原子核の構造がこのように2段階で説明される理由は,原子核が単なるクォーク集合体ではなく,内部に階層構造を持つからである.全てのクォークはそれぞれ3つの異なる『色電荷』を持っていて,3つの違う色電荷のクォークの組みあわせ(無色)だけが核子を作る.これが,量子色力学(QCD)の『クォーク閉じ込め機構』である.原子核は,この無色の核子が集まって構成される.原子核中の核子間距離に比べて核子内の閉じ込めの(色電荷を持つクォークが自由に振る舞える)空間サイズは小さく,核子は原子核内でも粒子として振る舞う.</p><p>しかし,この核子の粒子性は実はそれほど強固なものではない.充分に原子核密度を上げられれば,核子間距離が閉じ込めサイズを下回ることで核子は粒子性を失い,核物質はクォークが閉じ込めから解放された,全く新しい『クォーク物質相(カラー超伝導相)』に相転移すると考えられている.</p><p>さて,クォーク複合粒子には,陽子や中性子などの3つのクォークでできた核子の仲間(バリオン)以外にも,クォークと反クォークで構成され,反クォークの反色電荷とクォークの色電荷とで無色となる中間子がある.では,中間子を粒子としての個別性を保ったまま,原子核中に埋め込めるだろうか? 中間子はボゾンであり核子はフェルミオンなので,その間にはパウリ原理が働かない.従って,そのような状態があれば中間子が空間的に核子と重なり,反クォーク・クォークの入り混じる「奇妙な量子状態」が発現する.中間子を粒子として核内に内包したこのような状態は,「カラーによるクォーク閉じ込め機構」や「クォーク物質の相転移」を研究する絶好の舞台となろう.そこでは,核媒質中という極めて高い密度環境下でのクォーク複合粒子である中間子や核子の粒子としての性質,その物質密度依存性などを直接調べられるだろう.</p><p>我々はその手始めに,K中間子ビームをヘリウム3原子核に照射することで,K中間子を内包する原子核として最も単純なK-と二個の陽子pが束縛した“K-pp”状態を作りだした.その全束縛エネルギーは約50 MeVにも達し,通常原子核の約10倍近く強く結合する束縛状態であることが分かった.一方でK中間子自体の質量(エネルギー)と比較すると束縛エネルギーは高々約10%に留まるので,依然としてこの系はカラーで閉じ込められたクォーク複合粒子であるK-ppの3つの粒子が束縛した状態と考えるのが自然である.また,生成断面積の運動量移行依存性から,生成された状態の空間サイズは非常に小さい(~0.5 fm)可能性が示された.</p><p>今後その基本性質を解明し,量子色力学が綾なすクォーク複合粒子(ハドロン)の物質階層構造・粒子性の謎に迫りたい.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (1), 10-15, 2020-01-05

    一般社団法人 日本物理学会

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