空間概念に基づいたアートプロジェクトの再解釈

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  • Spatial reinterpretation of art projects

抄録

<p>近年、現代アートを始めとする創造的活動が地域の課題を解決させる一つのツールとして注目を集めている。本研究では、地域におけるアートの実践を指してアートプロジェクト(以下APと略記する。)という呼称を使用する。APに関する先行研究を概観すると、特に2010年代後半から多種多様な学問分野から報告が相次いでいる。それぞれの研究の関心をおおまかに区別すると「アート」に軸足を置くものと「プロジェクト」に軸足を置くものに二分される。すなわち、前者では地域からの要請に応える中でアートの表現がいかに変容するのかが明らかにされ、後者ではアートによって地域にどのような変化がもたらされたのかが描きだされている。以上から明らかな通り、APと開催地との関係性は不可分であり且つ相互的であると言え、長く空間の変容過程を分析の対象としてきた地理学分野で十分議論され得るものであるが、国内を見渡す限り研究の蓄積は多くない。本研究ではD・ハーヴェイが提唱した「時間−空間圧縮」という概念を手がかりにAPによる地域変容のメカニズムを説明すると同時に、こうした外部に資本を持つ観光開発の波に対して地域がいかに主体的にそして創造的に対処しているのか現地調査から明らかにする。</p><p> 対象地域は、香川県小豆郡(以下、小豆島と表記する。)であり、小豆郡土庄町で現在も行われている「瀬戸内国際芸術祭」(2010年から開催)と「妖怪アートプロジェクトMei PAM」(2011年から開催)の二種類のAPを分析の対象とする。調査方法としては、参与観察によって各APの作品の表現内容について記録し作品展示の環境を観察したほかMei PAMの推進者でもある中心メンバーには聞き取り調査を実施した(2019年7月実施)。第一の事例である瀬戸内国際芸術祭は、均質化した都市へのアンチテーゼを原点としており、開催地それぞれの場所の固有性を現代アートによって表現、発信することで国内外から多くの観光客を獲得している。ハーヴェイは、時間−空間圧縮によって空間の抽象度が増すことでかえって場所のアイデンティティが支持され場所の差異が生み出されることを指摘している。これを踏まえると、瀬戸内国際芸術祭はアートによって地域的差異を強調することで注目を集めてきたと説明できよう。第二の事例であるMei PAMは、表面的な表現内容として「日本的」でノスタルジックな「妖怪アート作品」が展示されている点で特殊であるが、作品の展示環境として地域のシンボリックな建物が再利用されている点では瀬戸内国際芸術祭と共通している。さらに聞き取り調査からMei PAMは、瀬戸内国際芸術祭という先行する組織的な地域活性化事業を戦略的に利用して地域資本を投入した観光開発事業として位置づけられるものであることが明らかになった。こうした地域の主体的な活動によって、地域的差異を有する場所は再生産されていくのである。</p><p> 本研究の調査で明らかになったように2020年までのAPはアートを通して地域的な差異を強調することで観光産業との結びつきを持ってきた。しかし、新型コロナウィルスの世界的な流行によってAPは現在その方向性を変更させている。自由な移動が制限された現代においてAPを行う新たな意義が模索されAPと開催地域との関係性が再構築されつつある。「ウィズ・コロナ時代」と評される現代においてAPは地域的差異を強調し、どこにもない「特別な場所」を創造することではなく、ありふれた「いつもの場所」の日常の一部となろうとしている。ハーヴェイが時間−空間圧縮を提唱した頃には予期されていなかった危機的状況の只中で、新しい時代を迎えたAPの表現と空間そしてAPの推進者と受け取り手の関係性について追う必要があると考える。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390569000755394176
  • NII論文ID
    130008006590
  • DOI
    10.14866/ajg.2021s.0_112
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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