壊しながら作るカイラル結晶の選択的成長――“不斉”結晶成長の理論

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タイトル別名
  • Chirality Conversion of Chiral Crystals under Grinding
  • コワシ ナガラ ツクル カイラル ケッショウ ノ センタクテキ セイチョウ : "フセイ"ケッショウ セイチョウ ノ リロン

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抄録

<p>右手は,鏡に映した右手と重ね合わせることができない.このような性質をカイラリティ(キラリティ)とよび,このような性質をもつ結晶をカイラル結晶とよぶ.アミノ酸や糖といった多くの生体内分子の結晶も同様に,鏡に映した自身の像と重ね合わせられない.右手に対して左手が存在するように,多くの生体内分子や結晶も自身の鏡像の分子とその結晶が存在していて,両者は生体への反応が全く異なることが知られている.サリドマイド薬害のように,片方は薬になるが,もう片方は毒となってしまうことがある.カイラル対の分子や結晶は熱力学的には同等であるため,通常の合成方法で作ると両者が同等にできる.これを避けて作り分ける方法の有名な例が2001年ノーベル化学賞の不斉合成である.不斉合成では触媒によって片方だけを優先的に合成している.</p><p>2005年にヴィエドマによって見出された方法は,それまでと全く異なる方法である.実験は,等量のd–体とl–体の塩素酸ナトリウム粉末結晶とガラスビーズを水に入れてかき混ぜつづけるものである.約1日後には片方だけの結晶が生き残り,もう片方の結晶は完全になくなる.片方の量を過剰に入れておくと,必ず多い方のタイプが生き残る.その後,有機物でも類似の現象が確認されている.この場合には,分子のカイラリティも変わっているということになる.共通する特徴はd–体とl–体の結晶量の差を示す鏡像体過剰率が指数関数的に増幅することである.オストヴァルト熟成のような場合,過飽和溶液中に大きな結晶と小さな結晶があれば,はじめは両者ともに成長できるが,いずれは小さな結晶はなくなり大きな結晶だけが成長する.通常,この過程は非常にゆっくりとした過程であり,指数関数的な変化を伴うものではない.それゆえ,オストヴァルト熟成とは全く異なる熟成だろうと考えられている.現在では,ヴィエドマの実験でみられた現象はヴィエドマ熟成とよばれるようになっている.</p><p>分子が一つずつ結晶に組み込まれて成長するという従来のシンプルな描像では,この結果を説明することができない.我々は,微小なカイラルクラスタの合体による結晶成長というアイディアを基礎として,統計力学に忠実な模型を構築し,ヴィエドマ熟成の説明に成功した.粉砕によって生成された微小なカイラルクラスタによって,結晶は大きな成長速度をもつ.結果として,初期状態で量が多いタイプはより大きな成長速度をもち,分子を通じて相手のタイプを食い尽す.その他,添加物による線形増幅や鏡像体過剰率増幅中の異常分布変化のような,ヴィエドマ熟成に関連した実験結果を統一的に理解できる.マクロな操作である結晶粉砕によって,クラスターサイズ空間での定常的な流れが誘起され,自己触媒効果であるクラスタ反応が有効に働く.その結果,不斉な反応がなくとも,自明な平衡状態ではなく,カイラル対称性を破る非自明な定常状態へと系が急速に緩和する.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (6), 349-354, 2021-06-05

    一般社団法人 日本物理学会

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