<論説>宦官エウトロピオスの行政改革 : ローマ帝国の東西分裂期における宦官権力の確立

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タイトル別名
  • <Articles>Eutropius and the Establishment of Eunuch Power in the Later Roman Empire
  • 宦官エウトロピオスの行政改革 : ローマ帝国の東西分裂期における宦官権力の確立
  • カンガン エウトロピオス ノ ギョウセイ カイカク : ローマ テイコク ノ トウザイ ブンレツキ ニ オケル カンガン ケンリョク ノ カクリツ

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抄録

一〇世紀半ばに編纂されたとされるビザンツの百科事典『スーダ』は、四世紀末の宦官エウトロピオスの時代に、宦宮が階級として発展したことを伝えるが、先行研究中でこの箇所が精査されたことは皆無に近い。そこで本稿は、この『スーダ』の記述を手掛かりに、四世紀末のエウトロピオスの影響下に宦官がいかにして階級としての発展の契機を掴んだかという問題意識のもと、エウトロピオスが宦官として行なった行政改革の検討に基づき宦官権力の確立の実態を明らかにするとともに、研究史上の画期となったK. Hopkins の宦官モデルに対する問題提起をも試みた。本稿での検討によって明らかになったのは次の三点である。第一、宦官エウトロピオスは宮内長官として帝国東部宮廷における政策決定に深く関与したが、それはかつてギボンが軽侮したごとく宦官の私利私欲に基づくものではなかった。第二、宦官エウトロピオスは、道長官から官房長官へ権限移譲という改革を通じ、皇帝顧問会議の全体を自らの権力下に置き、帝国財政を一手に掌握した。このことは、宦官になりさえずれば帝国の莫大な富への接触機会が得られるということを広く世に知らしめた。第三、皇帝家の宦官利用の理由について、奴隷(宦官) 所有の意味と当時の社会状況とを勘案するならば、Hopkins の宦官モデルによっては説明されえない、エウトロピオス時代に固有の宦官増加の理由を説明することが出来る。

収録刊行物

  • 史林

    史林 95 (2), 317-347, 2012-03-01

    史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)

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