親鸞における「悪人正機」の教育学的意義

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  • シンラン ニ オケル 「 アクニン セイキ 」 ノ キョウイクガクテキ イギ
  • On the educational significance about the dogma of ‘the salvation of evil people’ in the thought of st. Shinran

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Abstract

我が国の現代の教育現実は,世界のグローバル化のなかで市場経済至上主義が浸透し,国際的規模での過剰な経済競争に晒されている。そのために経済的価値に一元化した人間の在り方が前面に現れ,合理性と効率性が極端に追求されている。学界においても人文・社会科学の軽視,自然科学の重視という風潮が現れている。本稿では,こうした現代日本の状況を踏まえ,こうした地球的規模で起こっている世界現象の背景に西洋近代で形成された主体中心主義の人間観が近代の枠組となって諸学を拘束していることを明らかにし,教育学の学問性を改めて問い直した。そしてそれとともに人間の生の深淵にデモーニッシュ性があり,近代の枠組のなかにある近代教育学はそれを制御できる理論を構築できないこと,従ってそれを脱構築するためには親鸞の「悪人正機」の思想が教育学研究において根源的な意義があることを論じた。

経済的価値

主体中心主義

近代形而上学

デモーニッシュ性

表象的思惟

identifier:KK001700009005

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