Molecular mechanisms of embryonic growth regulation in response to hypoxia 低酸素下における魚類の初期発生調節機構に関する研究

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著者

    • 梶村, 真吾 カジムラ, シンゴ

書誌事項

タイトル

Molecular mechanisms of embryonic growth regulation in response to hypoxia

タイトル別名

低酸素下における魚類の初期発生調節機構に関する研究

著者名

梶村, 真吾

著者別名

カジムラ, シンゴ

学位授与大学

東京大学

取得学位

博士 (農学)

学位授与番号

甲第21282号

学位授与年月日

2006-03-23

注記・抄録

博士論文

脊椎動物の初期発生は、緻密な遺伝プログラムによって支配されると同時に、様々な環境要因によっても大きく影響を受ける。好気性生物全般に酸素は生命活動に不可欠であり、環境中の酸素濃度は初期発生に影響を及ぼす大きな要因の1つである。ヒトにおいて、胎児発育環境中の低酸素状態が子宮内胎児発育遅滞(IUGR)を惹起する主な原因の一つであることはその良い例であろう。近年の研究から、IUGRの惹起には、インスリン様成長因子(insulin-like growth factor, IGF)を介したシグナルが関与することが示唆されている。IGFは、細胞の分化や増殖を促進する作用をもち、脊椎動物の初期発生に不可欠な因子であるが、低酸素により惹起されるIUGRの胎児血清中にはIGFの活性を制御する結合タンパク質(IGF-binding proteins, IGFBPs)の1つであるIGFBP-1が多量に存在することが知られている。IGFBP-1は、IGFに結合することでIGFの作用を抑制することが細胞レベル、個体レベルで知られていることから、低酸素下におけるIGFBP-1の上昇が胚の成長抑制因子としてIUGRの惹起に関与することが示唆されていたが、その直接的な因果関係ならびに分子機構は不明であった。従来の哺乳類モデルでは、胎児の発育は母体内で進行するため、胎児発育環境を操作することや、個体レベルで胎児の発生を計時的に観察することが困難であることから、 IUGRの誘起に関わる機構への理解に乏しいのが現状である。その一方、ゼブラフィッシュは、母体外で胚発生が進行し、胚体が透明であること、さらに遺伝学・発生学的アプローチが可能であることなどから上記の知見を検証するよい実験モデルである。また、近年のゲノム情報の解読によって、IGFシステム (IGF, IGF受容体、IGFBPs) は脊椎動物全般に進化上よく保存されていることがより明らかになり、ゼブラフィシュを用いた比較内分泌・生理学的アプローチは、魚類のみならず脊椎動物一般に普遍的な知見をもたらすことができると考えられる。そこで、本研究ではゼブラフィッシュ胚を脊椎動物の初期発生の1つのモデルとして用い、初期胚の発生環境における低酸素がどのようにIGFシステムを介して脊椎動物の胚発生と成長に影響するのかを検討した。その結果、1)低酸素環境により惹起されるIGFBP-1の上昇はIGF依存的な細胞増殖を抑制し、これが低酸素に起因する胚発生と成長遅滞の重要な原因の1つであること、2)初期発生時において、低酸素環境は転写因子hypoxia-inducible factor (HIF)-1を介してIGFBP-1の発現を誘導することを細胞および個体レベルで明らかにした。IGFBP-1は低酸素に起因する胚発生と成長遅滞の重要な因子である。ゼブラフィッシュ初期胚を低酸素(0.5mg/l O2)に24時間曝すと、正常酸素濃度(6-7mg/l O2)と比較して、胚の発生と成長が著しく遅滞することが発生学的解析により明らかになった。その際のIGFシステムの動態を検討すると、IGFBP-1の発現は、正常酸素濃度においては非常に低いものの、低酸素下ではその遺伝子発現とタンパク量が有意に増加した。一方、リガンド(IGF-1,2)や受容体、その他のIGFBPs (IGFBP-2,3,5)に有意な変化は見られなかった。そこで、特異的に上昇するIGFBP-1が、低酸素に起因する胚発生と成長遅滞にどのように関与しているかを明らかにするために、遺伝学的手法を用いて検討した。まず、IGFBP-1に特異的なアンチセンスモルフォリノオリゴを微量注入し、正常酸素下ならびに低酸素下において内因性IGFBP-1をノックダウンした。正常酸素下では、IGFBP-1のノックダウンによる明らかな表現型は観察されなかったが、その一方、低酸素下においてIGFBP-1をノックダウンすると、低酸素により惹起される発生と成長の遅滞がおよそ60 %改善された。次に、低酸素下でIGFBP-1をノックダウンした胚に、モルフォリノオリゴ耐性のIGFBP-1を過剰発現させると発生と成長が遅滞した。さらに、正常酸素下においてIGFBP-1を過剰発現させると、野生型と比較して発生と成長がおよそ17 % 遅滞した。IGFBP-1は、IGFs(IGF-1,2)と複合体を形成することが知られているが、実際にIGFBP-1はどのようにゼブラフィッシュ初期胚に作用するのかを明らかにするために、ゼブラフィッシュ初期胚由来の細胞株 (zf4) を用いて、IGFBP-1の細胞増殖能に及ぼす影響を検討した。IGF-1,-2 (100 ng/ml)の添加により、zf4細胞株の細胞増殖は有意に(IGF-1, 6.0 倍; IGF-2, 4.9 倍)増加した。次に、IGFsと等モル量 (400 ng/ml) のIGFBP-1を加えると、IGFsによる細胞増殖はおよそ60% 抑制された。このIGFBP-1によるIGF依存的な細胞増殖能の抑制は、過剰量のIGFsを加えることにより濃度依存的に消失した。一方、IGFBP-1のみの添加では細胞増殖能に有意な変化は観察されなかった。以上の結果から、低酸素環境により誘導されるIGFBP-1の特異的な上昇は、ゼブラフィッシュ初期胚においてIGF依存的な細胞増殖を抑制し、これが低酸素に起因する発生と成長遅滞に重要な役割を果たしていることが示唆された(図1参照)。低酸素により誘導されるIGFBP-1の上昇は、HIF-1経路を介する。前述のとおり、ゼブラフィッシュ初期胚において低酸素はIGFBP-1の発現を誘導することが明らかとなったが、その分子機構は不明である。その端緒として、まずIGFBP-1遺伝子の上流域約3kbを単離した。IGFBP-1の上流域には13個のHIF-1結合配列、hypoxia-response element(HRE)が存在した。HIF-1はα,βサブユニットから成るヘテロダイマーの転写因子であり、CBP/p300との共役により低酸素下において標的遺伝子の発現を制御することが知られている。そこで、「HIF-1経路が、低酸素下におけるゼブラフィッシュ初期胚のIGFBP-1遺伝子発現誘導に関与する。」という仮説の検証のために、HIF-1経路がゼブラフィッシュの初期発生過程において成立しているかを検討した。ゼブラフィシュのHIF-1α,βサブユニットは共に、胚発生過程においてほぼ全ての細胞で発現していた。また、ゼブラフィシュHIF-1αは低酸素下において上昇し、細胞核内に局在した。さらに、培養細胞系において、HIF-1はゼブラフィッシュIGFBP-1遺伝子ならびにヒトの既知HIF-1標的遺伝子の発現を誘導することがわかった。個体レベルにおいても同様に、HIF-1αをゼブラフィッシュ初期胚において過剰発現させると、内因性IGFBP-1遺伝子の発現が有意に上昇した。また、薬理学的にHIF-1を誘導させると、IGFBP-1遺伝子の発現が上昇した。以上から、ゼブラフィシュの初期発生過程においてHIF-1経路は確立しており、IGFBP-1の低酸素による遺伝子発現の誘導はHIF-1を介することが明らかとなった。次に、HIF-1がどのような分子メカニズムでIGFBP-1の遺伝子発現を誘導するのかを明らかにするために、ゼブラフィシュIGFBP-1遺伝子のプロモーター領域に存在するHREの様々な欠損変異体・点変異体を作成し、ゼブラフィッシュ肝臓由来の培養細胞株(ZFL)ならびにヒト肝細胞株(HepG2)を用いてシスエレメントの同定を行った。その結果、13個存在するHREのうち、唯1つのHRE(-1090/-1086)にHIF-1が物理的に結合することが、HIF-1を介した低酸素によるIGFBP-1遺伝子発現の誘導には必要であることが明らかとなった。上記の知見を個体レベルにおいても検証するために、ゼブラフィッシュ初期胚においてIGFBP-1のプロモーター活性をGFPにより可視化した。低酸素下では、GFP陽性細胞ならびにGFPタンパク量(すなわち、IGFBP-1プロモータ活性)が増加するが、機能的なHRE(-1090/-1086)に変異を導入すると、GFPの増加は見られなかった。以上の結果から、低酸素下において誘導されるHIF-1は、IGFBP-1遺伝子プロモーター領域上の-1090/-1086に存在するHREに直接結合することにより、IGFBP-1の発現を誘導することを細胞および個体レベルで明らかにした。では、なぜHIF-1は13個のHREの中から唯1つのHRE(-1090/-1086)を選択して遺伝子発現を誘導するのだろうか? IGFBP-1遺伝子と既知のHIF-1標的遺伝子のプロモーター配列の比較や、IGFBP-1遺伝子プロモーター領域の欠損変異体・点変異体解析から、-1099/-1103に位置するHIF-1 ancillary sequence (HAS) 配列が低酸素/HIF-1によるIGFBP-1の遺伝子発現の誘導には必要であることがわかった。さらに、このHAS配列に特異的に結合する核タンパク質が常酸素下において存在することがわかった。以上から、HIF-1は、HREとHAS配列の共役によってIGFBP-1遺伝子の発現を誘導することが示唆された(図2参照)。本研究では、発生学・遺伝学的アプローチを内分泌学に取り入れることによって、低酸素環境下においてHIF-1経路を介して誘導されるIGFBP-1が、初期発生時における低酸素環境への適応メカニズムの一つとして重要な役割を果たすことを個体レベルで明らかにした。ではその生理学的意義は一体何であろうか? 哺乳類、魚類を含め多種の脊椎動物において、IGFBP-1の発現は通常状態では非常に少ないものの、栄養飢餓や低酸素、浸透圧変化、肝臓除去などにより急激に誘導され、IGFシグナルを抑制することが知られる。また、無脊椎動物においてもインスリン・IGFシグナルの低下が、低酸素環境への適応と生命維持に重要であることが示唆されている。すなわちIGFBP-1は、低酸素環境をはじめとする胚発生に不適な条件下において誘導され、IGFシグナルの抑制因子として作用することで、低酸素環境下での生命維持に関わる分子スイッチの1つであると考えられる。本研究で明らかとなった知見は魚類のみならず、脊椎動物の進化の過程において保存された生体機構であると推測される。

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各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    500000358358
  • NII著者ID(NRID)
    • 8000000359490
  • 本文言語コード
    • eng
  • NDL書誌ID
    • 000008480981
  • データ提供元
    • 機関リポジトリ
    • NDL-OPAC
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