古代東国社会の成立と展開

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著者

    • 井上, 尚明 イノウエ, カツアキ

書誌事項

タイトル

古代東国社会の成立と展開

著者名

井上, 尚明

著者別名

イノウエ, カツアキ

学位授与大学

総合研究大学院大学

取得学位

博士(文学)

学位授与番号

乙第217号

学位授与年月日

2012-09-28

注記・抄録

博士論文

古代東国の集落遺跡の中で、竪穴住居と掘立柱建物が混在する時期は、律令体制が機能していた時期とほぼ重複し、東国的ともいえる集落景観を形成していた。本論では、このような景観を特徴とする古代東国社会を、集落・官衙などの構造や出土遺物から分析し、東国的な地域社会がどのように成立し展開したかを解明しようとしたものである。 序章では研究視点として、考古学的な集落研究の中から古代東国社会の解明を目指すものとし、本論で扱う東国の範囲としては関東地方を起点に東北地方南部から中部・東海地方で、時期としては主に7世紀後半から10世紀前半までを検討対象とした。また、これまでの研究史を、発掘調査による資料や情報量の増加を基準にして3期に区分し、各期の調査・研究状況などについて整理した。 なお、本論では第Ⅰ章第1節で行った土器編年を基準として年代観を設定し、第Ⅱ章第1節による遺跡の類型化を、全編を通じた分類基準として、各章・節の分析を行っている。 第Ⅰ章「古代東国集落の特質」では、北武蔵地域における7世紀後半の集落立地の変遷とその背景を検討し、7世紀後半を画期として低地の集落がこれまで古墳群が存在した台地へと移動し、低地には条里型地割が施工されたことを確認した。このような集落の再編成は、評家建設・条里施工・官道敷設などの地域整備と軌を一にし、律令国家的な地方支配の一環としての開発が背景にあるとした。再編成された集落は、竪穴住居で構成されていた古墳時代集落と異なり、急速に波及した掘立柱建物と混在しながら台地を中心に展開し、東国的な古代集落の景観が形成された。 竪穴住居と掘立柱建物が混在する東国的な集落景観は、10世紀後半には終息に向かうが、他地域では掘立柱建物の採用に伴い竪穴住居は順次減少し、畿内では7世紀には掘立柱建物で構成される集落が出現するなど、東国における竪穴住居への固執は、日本の古代社会においても大きな特徴である。東国集落の構造を分析すると、掘立柱建物が主屋的な位置に相当することが多く、掘立柱建物と竪穴住居の小単位がいくつか集合する類型や、掘立柱建物が位置を変えずに集落の中心に置かれる類型などがある。また、掘立柱建物がないか極端に少ない集落は、製鉄や窯業に関わる遺跡と、丘陵地における非営農集落に顕著であり、このことから掘立柱建物は営農集落を中心に波及したと指摘した。 第Ⅱ章「古代東国の官衙と集落」では、はじめに第Ⅰ章で検討した集落遺跡の構造と、各地の郡家遺跡の特徴を比較し、その差を明確にする作業を行った。郡家正倉では3×3間を基本とした総柱建物が規則的に配置されるのに対して、集落遺跡の総柱建物は2×2間が中心で、数棟で構成されることが多い。また、建物の規模や構成だけではなく、柱穴の平面形や規模あるいは柱間距離などにも明確な差があることが確認できた。しかし、郡家と集落の比較検討から、郡家にも集落の各類型にも該当しない遺跡が存在することも確認でき、これらの遺跡を以下のように分類した。①郡家に準ずるような規模・構造の官衙的・居宅的とされる遺跡 ②四面庇建物や仏具が検出される村落寺院 ③区画施設と内部の小規模な建物を特徴とする神社遺構 ④道路が発見されるなどの陸上交通と関わる遺跡 ⑤水路と「津」墨書土器などが確認できる水上交通に関わる遺跡 ⑥交通路と関わり度量衡関連遺物が出土する市的性格の遺跡、である。  これらの分類から、①の遺跡を、建物群の配置・区画施設・建物の種類などから細分して、律令国家の末端支配を担う郷家の検討を行った。末端官衙の中でも、3×3間の郡家正倉の規格が採用さる遺跡は、正倉別院など郡家に属する施設であり、郷家との区分が可能であるとした。郷家は、有庇など大形建物を中心にしたコ字状の建物配置で、区画施設や倉庫を伴い、文字関係資料の出土を基本としている。居宅などとの併設例も存在するが、コ字状建物配置の抽出などで公私の空間区分を試みた。 第Ⅲ章「古代社会と宗教」は、第Ⅱ章分類の②と③に該当する遺跡から、古代東国社会と宗教の関わりを探ろうとしたものである。村落寺院は、両総地域を中心に次第に希薄になりながら東国社会に広く分布するが、武蔵南部に8世紀前半の出現期の村落寺院があることを解明した。9世紀後半以降に造営される村落寺院は低地に顕著であり、古代の災害記録や立地などから、低地の村落寺院は祈雨を目的として造られたと考えた。しかし、村落寺院は地域的な分布密度の差が大きく、存続期間にも一貫性がないことから、祈雨や土地開発を背景にした特定目的を達成するため設置された、有力者の私的な宗教施設であるとした。 古代神社の分析では、区画施設を持つ小規模な建物が基本的な構造であることを指摘し、規模・構造から国府などに伴う神社と村落レベルの神社があることを明らかにした。小形総柱建物などが区画内にある村落レベルの神社は、集落に伴う倉遺構との近似性から農耕に関わる施設であり、郷家が運営に関わるとした。また「神」関連墨書の検討では、神社との直接的な関わりは確認できず、竪穴住居内における竈祭祀に関わる遺物であると考察した。 第Ⅳ章「古代の交通と流通」は、第Ⅱ章の分類で④⑤⑥の、交通と流通に関わる遺跡と遺物を分析したものである。東山道武蔵路を中心とした陸上交通の検討では、7世紀後半の敷設を指摘し、道路遺構や馬具などの分布から、官道以外の流通ルートを想定した。河川交通遺跡の検討では、港湾遺跡と埠頭遺構の定義を行い、各地の遺跡の集成や類型化から、官衙や生産遺跡などに伴う港湾には、構造に差があることを確認した。遺物としては「津」関連墨書土器、祭祀遺物、木錘などが特徴的なものと考察した。流通の道具としての計量器の分析を行い、コップ形須恵器が一般の流通に使用された計量器であることを解明した。この計量器は、使用痕跡の観察から軽量で少量流通する薬や粉末状の物質ではないかと分析した。本章の最後では、水陸交通の接点や計量器が出土する遺跡には、市的な遺跡が含まれるのではないかと考え、これに「市」関連墨書土器や『一遍上人絵伝』など中世絵画を援用して、建物群の構成や構造から市遺跡を分析した。 終章「古代東国社会の特質」では、これまでのまとめと今後の課題を整理した。古代東国社会は、律令国家成立に先立って実施された、官衙建設・条里施工・官道敷設などの開発と、集落の再編成により大きく変容した。古代東国では、新たな集落景観や信仰形態が生み出されたが、掘立柱建物を採用しながら竪穴住居に固執し、古墳時代以来の生活様式や技術を基盤としていた。 今後の課題では、古代社会と環境や災害との関わりを積極的に取り入れる研究の必要性を記し、他分野との学際的な研究の推進が古代東国社会解明に大きな役割を果たすとした。

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各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    500000574225
  • NII著者ID(NRID)
    • 8000000576550
  • 本文言語コード
    • jpn
  • NDL書誌ID
    • 024794621
  • データ提供元
    • 機関リポジトリ
    • NDL ONLINE
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