漫画家の活動記録とアーカイブズ管理に関する研究 マンガカ ノ カツドウ キロク ト アーカイブズ カンリ ニカンスル ケンキュウ

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著者

    • 蓮沼, 素子 ハスヌマ, モトコ

書誌事項

タイトル

漫画家の活動記録とアーカイブズ管理に関する研究

タイトル別名

マンガカ ノ カツドウ キロク ト アーカイブズ カンリ ニカンスル ケンキュウ

著者名

蓮沼, 素子

著者別名

ハスヌマ, モトコ

学位授与大学

学習院大学

取得学位

博士(アーカイブズ学)

学位授与番号

甲第302号

学位授与年月日

2021-10-01

注記・抄録

博士論文

機器種別 : 機器不用

キャリア種別 : 冊子

表現種別 : テキスト

本研究は現代の文化活動の一つである漫画家の活動から生み出される記録を、その活動を裏付ける記録として捉えることでアーカイブズ学研究の射程とし、その収集・保存・利用に関する現状と課題を明らかにして、実践的な管理・利用の方法論を研究することを目的としている。序章ではこうした目的を踏まえ、先行研究の整理を行った。マンガ研究では雑誌・単行本を対象とした研究が主流だが、近年は推敲過程の研究が見られるなど対象資料が広がっており、今後は漫画家のアーカイブズ利用が想定される。また、漫画家の活動とその記録の関係に注目し、伝統的なアーカイブズの手法である機能分析を用いて、その出所や原秩序と資料群の構造を明らかにし、アーカイブズ利用に向けて機能に基づいた編成記述を行う必要性を提示した。  第1章では、漫画家の活動記録とその結果描かれた作品の持つ記録性という二つの視点から、まんがと記録の関係について考察を加えた。まんが制作を中心に漫画家の活動から生み出される記録は、時間経過によって管理・利用の段階が変化するのではなく、まんが制作活動と同時にアニメーション映画化され、外部事業にまんが制作の記録が利用されるなど、同じ記録が同時に個人・組織内の活動と漫画家の活動が属するコミュニティの他の活動に利用される。このことから、漫画家の活動記録をレコードキーピングの枠組みから捉える必要性を指摘した。一方、戦災を描いた「はだしのゲン」や東日本大震災における「ストーリー311」などの事例では、災害を描くことは漫画家、読者及び取材対象者が日常を回復する行為であり、漫画家が同時代の社会を描く背景にもなっている。さらに被災者の取材を通して災害体験を描いた漫画家の活動は、描かれたまんがに記録としての役割があり、その制作活動の記録はその活動の証拠であるだけでなく、描かれたまんがの記録性を証明する記録でもあることを明らかにした。  第2章では、近代以降の日本まんが史やまんが研究史をアーカイブズ学研究の視点から再考した。近代以降に独自に発展した日本まんがは、人々の生活スタイルに合わせてメディアとして変化しながら大衆文化として定着した。1989年の手塚治虫の死を境に国内において再評価され評論から研究の対象へ変化すると、表現論、作家論、歴史研究などの幅広い研究が行われてきた。マンガ研究のための一次資料は雑誌と考えられてきたが、文学研究では原稿や、構想メモ、書簡などが研究資料となっているように、漫画家のアーカイブズを利用することで制作の背景や作家のバックグラウンドなどに言及することが可能になる。また、日本まんがが海外へ本格的な進出を果たして国外で評価を高めたことは、国内の再評価にも影響を与え、まんがを保存の対象とし、国や地方公共団体が積極的に文化事業で活用することに繋がった。  第3章では海外の企業・大学・ミュージアムの事例を取り上げ、現状を分析した。ウォルト・ディズニー・アーカイブズではアーキビストが社内業務のレファレンスに対応し、新たな事業提案を行うなど企業内で重要な責務を担っており、コンプライアンスや業務の効率化が重視されている。ケント大学とオハイオ州立大学では、メディア研究のために収集された図書館コレクションを基本とし、管理と利用にアーカイブズ学研究の方法論を用いている。また研究が利用の主目的であるため検索システムを工夫している。シュルツ・ミュージアムでは、所蔵資料をアーキビストとコレクションマネージャーが管理しており、リサーチセンターで一般利用に供している。ただし、ミュージアム機能が中心であるため、原画はミュージアム資料として管理されている。国家政策としては、フランス語圏のバンド・デシネのようにまんがが芸術として認められているなどの文化的背景が不可欠であり、その土台が未成熟であると観光資源としての活用など一過性の政策となってしまうと言える。  第3章と比較して現段階での日本まんがの現状を位置付けたのが、第4章である。手塚プロダクションには資料室が設置されており、出版や展示のための原画の管理や、出版された雑誌や単行本の保存を業務としている。企業アーカイブズの一部を担っているが、手塚プロダクション全体の記録管理には関わっていない。京都精華大学は京都国際マンガミュージアムを運営しており、大学内に設置されている国際マンガ研究センターと連携しながら事業を行っている。大学が運営するメリットは、教員が専門スタッフとして関わることで研究機能を強化でき、研究成果をミュージアムに還元できる点にある。横手市増田まんが美術館では、漫画家矢口高雄の全原画と個人記録等の寄贈を受けて「矢口高雄アーカイブズ」となる資料群を所蔵し、原画のデジタル化を進めているが、利用できる体制が整えられていない。また、文化庁メディア芸術関連事業の成果として「メディア芸術データベース(開発版)」が公開された。制作資料のデータ登載も考慮されているが、漫画家のアーカイブズ全体を階層的に検索できないなどアーカイブズのデータベースとしては課題があり、委託事業のため運営母体がなく持続性にも課題が残る。一方、まんがは国に先行して1990年代以降に積極的に地方公共団体の文化事業に取り入れられ、観光資源化されてきた。鳥取県では原画の収集・保存を目指しているものの課題が多く、水木しげるロードなど境港市の取組みに代表されるように、まんがが地域活性化事業に活用され成功した事例もあるが、多くはキャラクターの活用にとどまっている。  雑誌・単行本と原画の保存について検証し、アーカイブズの収集・保存について考察したのが第5章である。まんが関連施設を分類してみると、日本にはアーカイブズ機関はなく、ライブラリーやミュージアムに分類できる。雑誌・単行本は残存率が低く貴重な資料も多いため、専門ライブラリーとミュージアムでは一次資料と同等に扱われ、保存と利用を両立するために貸出業務は行わず館内利用のみとしている。一方、原画の保存は個人名を冠した施設のほか、横手市増田まんが美術館や京都国際マンガミュージアムなど一部の施設のみで、積極的に収集されてはいない。鳥取県が行った漫画家へのアンケートを分析すると、漫画家は個人で原画を保存・管理する場所・時間が不足しており、預ける場合は出版社や漫画家の利用への即時対応と、利用のための権利処理や施設の安全性・持続性・専門性を求めている。原画保存には漫画家・出版社の協力と、彼らと施設との信頼関係構築が不可欠である。まんがアーカイブズは、創作に影響を与える漫画家の活動記録全体が対象となり、組織や企業ではその組織・企業においての価値や証拠書類・組織記憶としての重要性を評価し、将来までアクセスを担保することが求められる。まんが関連施設での収集には、その目的に合わせた評価基準が必要となる。 第6章では、漫画家とプロダクションの機能と活動について、漫画家(清家雪子)とプロダクション(矢口高雄)の二つの事例を分析し、漫画家の主な機能・活動を明らかにした。漫画家の主な機能にはまんが制作、出版、イベント、メディアがあり、プロダクションの主な機能には運営、企画・制作、マネジメントがある。また、漫画家と個人の機能は不可分なため、個人の機能についても分析すると、家、プライベート、学生生活、まんが制作があり、個人のまんが制作の機能の中にプロ活動がある。ここが漫画家の機能としてのまんが制作と重なる。これらの分析に基づいて機能別編成を試みると、機能がシリーズとなり、サブシリーズに活動が当てはめられ、それぞれの活動記録がファイル単位で編成できる。 機能分析を基に編成されたアーカイブズを利用するために、第7章では、目録構造、記述項目、検索のためのインデックスについて検討した。アーカイブズを利用するためには、いくつかの検索手段を用意する必要がある。シュルツ・ミュージアムとケント大学の検索手段の事例分析から、まんがアーカイブズに必要な項目を参考にして各階層の記述項目を検討した。原画のファイル記述では素材やテーマなど、まんがアーカイブズの特徴に合わせた記述が重要である。また、作品インデックスやキャラクターインデックスなど、利用者が検索しやすいインデックスや検索手段全体のガイドを用意する必要があるが、まんがが持つ膨大な情報量をアーキビストだけでは追えないため、ユーザ参加型データベースなどそれを補うシステムが必要であり、これはまんがに限らず全てのアーカイブズの検索手段として有効である。 第8章では、まんがアーカイブズ公開に向けて必要な閲覧機能と権利処理について論じた。閲覧機能としてのリサーチセンターの検討では、その役割は所蔵アーカイブズを整理し、利用のための検索手段などで情報を提供し、利用者からのレファレンスに対応することにあり、アーカイブズを所蔵するまんが関連施設にこの機能を整備する必要がある。権利処理の問題では、著作権者等の権利を守り、且つユーザが利用しやすくしなければ、まんがアーカイブズの公開は難しい。そのため、収集の際に著作権者との間で利用についての条件を明確にし、利用における責任の所在を明らかにして利用範囲を限定するなど、権利に関する問題点を整理した。 本研究を進めることで、漫画家が属するコミュニティ全体でアーカイブズが利用できるようになり、研究や新たな創作に参照され、これらの活動をとおしてまんが文化全体がより豊かな創造性を生み出していく。しかし、まんがアーカイブズ全体を議論するためには、より多くの漫画家の記録を分析し、さらに漫画家の活動記録以外のまんが活動の記録へ対象を広げる必要がある。また、紙・電子ともにまんがの媒体としての脆弱性について指摘したものの、媒体の保存に関する研究については踏み込めなかった。今後の課題としたい。

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各種コード

  • NII論文ID(NAID)
    500001516852
  • NII著者ID(NRID)
    • 8000001955628
  • 本文言語コード
    • jpn
  • NDL書誌ID
    • 032158803
  • データ提供元
    • 機関リポジトリ
    • NDL ONLINE
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