置いてきた毒ガス
著者
書誌事項
置いてきた毒ガス
(母と子でみる, 40)
草の根出版会, 1997.11
- タイトル読み
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オイテ キタ ドクガス
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置いてきた毒ガス
1997
限定公開 -
置いてきた毒ガス
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注記
毒ガスに関する年表: p133
内容説明・目次
内容説明
日中戦争の敗戦後、旧日本軍は敗走の中で中国各地に約200万発もの毒ガス砲弾を遺棄していた。戦後50年以上たつ今も、その被害に苦しめられている人々がいる。著者の地道な取材はその埋もれた事実を明らかにし、カメラは戦争の残虐さを映し出す。
目次
- はじめに 中国に遺棄した毒ガスの処理を
- ハルビン・毒ガスを探して七三一部隊跡へ
- チチハル・加害の側の証言—無差別に殺傷する兵器
- 北坦村、西営郷、武郷・被害の側の証言—残虐の限りをつくした日本軍
- 孫呉・要塞都市に今もねむる毒ガス
- 敦化・「毒弾溝」と呼ばれる死の谷へ
- ジャムス・毒ガスを浴びた浚渫船作業員
- 周家鎮・50年後の爆発で村人が死亡
- 牡丹江・軍都に埋められた毒ガス弾
- 汾陽・最後の毒ガス戦
- 日本の毒ガスの遺跡を歩く
- 毒ガスの歴史
「BOOKデータベース」 より