水俣病の悲劇を繰り返さないために : 水俣病の経験から学ぶもの
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水俣病の悲劇を繰り返さないために : 水俣病の経験から学ぶもの
中央法規出版, 2000.9
- タイトル読み
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ミナマタビョウ ノ ヒゲキ オ クリカエサナイ タメ ニ : ミナマタビョウ ノ ケイケン カラ マナブ モノ
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注記
参考文献: p232
水俣病年表: p[259]-268
内容説明・目次
内容説明
本書は、平成9(1997)年7月から平成11(1999)年12月まで開催された「水俣病に関する社会科学的研究会」の報告書である。この研究は昭和31(1956)年5月に患者が報告され水俣の奇病として報じられてから昭和43(1968)年9月の水俣病に関する政府見解として公表されるまでの過程を追って、専門分野も、立場も、個人として思想・信条も全く異なる10人の研究班員の方々が一応同意した事実を共通公約数として取りまとめたものである。水俣病対策の遅れは統合的な政府の政策判断の遅れであり、本報告書は、それがどのように遅れてきたかという事実を中心課題として扱っている。
目次
- 水俣病の悲劇と現代の化学物質問題
- 予兆の時代から昭和31(1956)年5月の水俣病公式発見までの動き
- 水俣病の原因究明及び発生源確定の過程(昭和31(1956)年五月の水俣病公式発見から昭和34(1959)年7月の熊本大学医学部研究班の有機水銀説発表までの動き;昭和34(1959)年7月の熊本大学医学部研究班の有機水銀説発表から見舞金契約を経て、昭和40(1965)年五月の新潟水俣病公式発表までの動き;昭和40(1965)年5月の新潟水俣病公式発表から、昭和43(1968)年9月の政府統一見解の発表まで)
- 考察と教訓
- 水俣病事件の総括的教訓
- 人類が直面する環境汚染問題—結びにかえて
「BOOKデータベース」 より