横浜の壊滅 : 5月26日-5月30日
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横浜の壊滅 : 5月26日-5月30日
(昭和二十年 / 鳥居民著, 第1部=8)
草思社, 2001.10
- タイトル読み
-
ヨコハマ ノ カイメツ : 5ガツ 26ニチ 5ガツ 30ニチ
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注記
参考資料及び引用出典: p317-328
内容説明・目次
内容説明
五月二十六日未明、宮城表宮殿・奥宮殿が焼失する。五月二十九日には、横浜の市街地が無差別爆撃され、壊滅する。そのとき横浜の拘置所、留置場には横浜事件の関係者が捕らえられていた。この事件の真相は何だったのか。清沢洌は徳富蘇峰を名指しして戦争責任の問題をとりあげた。かれがしたこと、しようとしたことは何だったのか。政府と軍が気づかぬふりをしたのはなぜだったのか。宮内大臣松平恒雄と海軍大臣米内光政は木戸幸一を内大臣の座から逐おうとする。昭和十六年、政府と軍の首脳がアメリカと戦うことに逡巡していたとき、戦争を回避するためになにひとつしなかった木戸は、この戦争の終末にあって、どう対処したか。この戦争がどうして起きたのかをはじめて明らかにする。
目次
- 23 火のなかで、焼け跡で、人びとはなにを考えるのか(焼夷弾は宮殿に落とされなかった;燃え殻ひとつで宮殿は燃え上がる;夜が明けた、逃げた人びとは ほか)
- 24 横浜大空襲(東神奈川に炎があがる;関内に焼夷弾の雨;山下公園の黒潮部隊はもはや動けず ほか)
- 25 迫水、毛里、美濃部がやってきたこと、やろうとしたこと(「あくまでも戦うのだ」と鈴木貴太郎;毛里、美濃部、迫水が昭和十六年にしたこと;昭和十七年九月、アメリカを見くびっていたと気づいた ほか)
「BOOKデータベース」 より