「わたし」という幻想、「わたし」という呪縛 : 精神病理学的政治学序説
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「わたし」という幻想、「わたし」という呪縛 : 精神病理学的政治学序説
せりか書房, 2002.12
- タイトル読み
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ワタシ ト イウ ゲンソウ ワタシ ト イウ ジュバク : セイシン ビョウリガクテキ セイジガク ジョセツ
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注記
参考文献: p218-226
内容説明・目次
内容説明
「内面化する権力」というミシェル・フーコーの画期的な権力論は、精神医学を政治学の中心に据えることを可能にした。フロイトの精神分析理論から現象学的精神病理学、さらにはラカンなど今日の精神医学の研究成果を通して、ポストモダン社会が産みだしたさまざまな病状—崩壊する家庭・家族、学校化、セクシュアリティ、自殺願望、理解不能な暴力、嗜癖的・共依存的人間関係(ストーカー、DV=家庭内暴力)カルトなど—を、単なるこころの病としてではなく権力をめぐる社会・時代の病理として根底から捉えなおす大胆な試み。
目次
- 誰のものでもなく、誰も意図しない権力
- 善良な意図が邪悪な結果を産みだす—世界の混沌と「たわむれ」
- 主体の秩序、身体のカオス
- 外なる大地、内なる大地
- すべては結びあわされている—システムの思想
- わたしを監視するわたし
- 魂の救済、または牧人=司祭権力
- 禁欲、または自己抑圧の倫理
- すべての者は正常でなければならない—普遍的、一元的規格の成立
- 正常なもの、自明なものとは何か〔ほか〕
「BOOKデータベース」 より