寺島蔵人と加賀藩政 : 化政天保期の百万石群像
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寺島蔵人と加賀藩政 : 化政天保期の百万石群像
桂書房, 2003.9
- タイトル読み
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テラジマ クランド ト カガ ハンセイ : カセイ テンポウキ ノ ヒャクマンゴク グンゾウ
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注記
主な参考文献一覧: p364-370
加賀藩関係および寺島蔵人経歴略年表: p371-379
内容説明・目次
内容説明
寺島蔵人は藩政批判をして三度も咎められた。文政元年藩主斉広の始めた「御国民成立仕法」で「百姓は米を食わぬよう」とされた時は、米が食べられない民がいるのを藩主は恥としないのか、藩主は民のために存するのではないか、と痛烈に批判。大塩平八郎の乱には「尤も」と共感。能登島に流刑となるが、批判精神はそのまま、ボロを着て「ちょぼんとしちべた(尻)」を出す少女にまで視線を注ぐ優しさも最後まで失わなかった。江戸期の政治とは何か、現代社会に通ずる根源的な問いをめぐる物語。
目次
- 蔵人の出自と父の時代
- 少年時代の蔵人と養家寺島家
- 斉広の初政と高岡町奉行時代の蔵人
- 二の丸の再建と規式能・慰能の挙行
- 改作方復古と改作奉行時代の蔵人
- 勝手方御用の蔵人と大坂借財仕法の改定
- 文化末期の藩財政と三国与兵衛
- 御国民成立仕法の開始
- 十村断獄と蔵人の断獄批判
- 斉広の隠居と教諭
- 蔵人の藩政批判と蔵人派の台頭
- 蔵人の能登島生活とその死
「BOOKデータベース」 より