ヨハン・ゼバスティアン・バッハ : 学識ある音楽家
著者
書誌事項
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ : 学識ある音楽家
春秋社, 2004.12
- タイトル別名
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Johann Sebastian Bach : the learned musician
ヨハンゼバスティアンバッハ
- タイトル読み
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ヨハン ゼバスティアン バッハ : ガクシキ アル オンガクカ
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注記
原著(W.W. Norton, 2000)の全訳
索引: 巻末p[1]-78
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ年譜: 巻末p81-91
文献: 巻末p[99]-111
ヨハン・ゼバスティアン・バッハの肖像あり
内容説明・目次
内容説明
音楽へのひたむきな愛ゆえ、禁じられた楽譜を月明かりで写した少年バッハ、フレミング伯爵邸で行われるはずの音楽試合は、対戦相手のマルシャンが現れずに不戦勝、ラインケン参りで無一文になったバッハに投げられた魚の頭からは、なんと金貨が…新しい作曲法という新大陸めざして、大航海に乗り出す音楽家バッハの誕生の前史から、「学識ある音楽家」バッハが残した音楽遺産の継承まで、ハーヴァード大学のヴォルフ博士が描いた生身の人間バッハ像。
目次
- バッハと「音楽学」の概念
- 音楽的才能の源泉と生涯にわたる影響—アイゼナハ 1685〜1695年
- 基礎を築く—オールドルフ 1695〜1700年
- 音楽の修行を迂回して—リューネブルクからヴァイマルへ 1700〜1703年
- 名声を築く—アルンシュタット、ミュールハウゼンのオルガン奏者 1703〜1708年
- 「芸術のあらゆる可能性」を追求する—ヴァイマルの宮廷オルガン奏者にして、室内楽奏者 1708〜1714年
- 音楽の地平を広げる—ヴァイマルのコンサートマスター 1714〜1717年
- 「最高位を競う音楽試合」という航路を邁進する—ケーテンのカペルマイスター 1717〜1723年
- 由緒ある官職の定義を書き換える—ライプツィヒのカントルにして、音楽監督 1720年代
- 音楽家にして、学者であること—実践と理論の対位法
- 従来の境界線を越える—要職を兼任 1730年代
- 愛妻のための小鳥の囀りとカーネーション—家庭と仕事
- 過去、現在、未来を見据えて—最後の10年 1740年代
- バッハと「音楽における完全」という理念
「BOOKデータベース」 より