朝霞、そこは基地の街だった。
著者
書誌事項
朝霞、そこは基地の街だった。
(自由をつくる, vol.02 . 君たちに伝えたい||キミタチ ニ ツタエタイ ; [1])
梨の木舎, 2006.8
- タイトル別名
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君たちにつたえたい
- タイトル読み
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アサカ ソコ ワ キチ ノ マチ ダッタ
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注記
奥付の中位タイトル (誤植): 君たちにつたえたい
内容説明・目次
内容説明
1951(昭和26)年9月8日にサンフランシスコ講和条約が調印され、日米安全保障条約も同日ひっそりと調印された。翌年の52年4月28日、占領は形の上では終止符が打たれ日本は独立を回復した。現在にもつながる基本的な諸制度や、日米同盟と言われる日米関係が形成された占領時代は、「戦後」の日本の原点であった。—「北の父」事件など、レッド・パージの時代に民主教育の実現のためにたたかった教師たちの姿をききがきから明らかにする。
目次
- 1 ゴルフ場から「軍都」へ(「上海」と朝香宮鳩彦;朝霞と陸軍予科士官学校)
- 2 「軍都」から「基地の街」へ(敗戦直後の朝霞と占領軍進駐;占領軍「慰安婦」;「日本の上海」と呼ばれた「基地の街」)
- 3 基地文化と「混血児」と戦後教育(基地文化;「混血児」;戦後民主教育とレッド・パージ)
「BOOKデータベース」 より