ジョー・ホンダの富士スピードウェイ物語 : Fuji speedway that Joe Honda kept seeing for 40 years
著者
書誌事項
ジョー・ホンダの富士スピードウェイ物語 : Fuji speedway that Joe Honda kept seeing for 40 years
学習研究社, 2006.8
- タイトル別名
-
富士スピードウェイ物語 : 観た撮った
富士スピードウェイ物語 : レースを観た人生を撮った
- タイトル読み
-
ジョー ホンダ ノ フジ スピードウェイ モノガタリ : Fuji speedway that Joe Honda kept seeing for 40 years
大学図書館所蔵 全3件
  青森
  岩手
  宮城
  秋田
  山形
  福島
  茨城
  栃木
  群馬
  埼玉
  千葉
  東京
  神奈川
  新潟
  富山
  石川
  福井
  山梨
  長野
  岐阜
  静岡
  愛知
  三重
  滋賀
  京都
  大阪
  兵庫
  奈良
  和歌山
  鳥取
  島根
  岡山
  広島
  山口
  徳島
  香川
  愛媛
  高知
  福岡
  佐賀
  長崎
  熊本
  大分
  宮崎
  鹿児島
  沖縄
  韓国
  中国
  タイ
  イギリス
  ドイツ
  スイス
  フランス
  ベルギー
  オランダ
  スウェーデン
  ノルウェー
  アメリカ
この図書・雑誌をさがす
内容説明・目次
内容説明
「ゴールドリーフ・カラーのロータスが出てきたのは1968年のこと。初めてのスポンサー・カラーだったが、その後1969年のスペインGPからタバコ問題が起きた。1974年のスペインGPが「マルボロ・グランプリ」として行われたのを初めとして、1975年には日本で“F‐1のデモンストレーション走行”が行われ、その翌年から2年間F‐1日本グランプリが開催されている。これはホンダかトヨタをF‐1グランプリに呼び出すためのタバコ会社の布石…。1974年のスペインGPから始まって76と77年に日本グランプリをやった時、ホンダはその路線に乗りかかったし、トヨタはアメリカでタバコ会社と組んでグランプリをやっている…」そんな時代の駆け引きをジョー・ホンダはファインダーを通して観てきた。この写真集はレースの単なる記録ではなく、サーキットという舞台で演じられた男たちのドラマの記録である。
目次
- 雪の日の朝
- インディが来た
- カローラに乗ってヨーロッパへ
- 1968年、悲劇の連鎖
- 1969年、アメリカへ
- 1973年、富士GCシリーズに驚く
- 2回だけのF1グランプリ・レース
- 1982年、WEC始まる
- トヨタ、F1へ挑む
「BOOKデータベース」 より