国語科教育はなぜ言葉の教育になり切れなかったのか
著者
書誌事項
国語科教育はなぜ言葉の教育になり切れなかったのか
明治図書出版, 2008.3
- タイトル読み
-
コクゴカ キョウイク ワ ナゼ コトバ ノ キョウイク ニ ナリキレナカッタ ノカ
大学図書館所蔵 全55件
  青森
  岩手
  宮城
  秋田
  山形
  福島
  茨城
  栃木
  群馬
  埼玉
  千葉
  東京
  神奈川
  新潟
  富山
  石川
  福井
  山梨
  長野
  岐阜
  静岡
  愛知
  三重
  滋賀
  京都
  大阪
  兵庫
  奈良
  和歌山
  鳥取
  島根
  岡山
  広島
  山口
  徳島
  香川
  愛媛
  高知
  福岡
  佐賀
  長崎
  熊本
  大分
  宮崎
  鹿児島
  沖縄
  韓国
  中国
  タイ
  イギリス
  ドイツ
  スイス
  フランス
  ベルギー
  オランダ
  スウェーデン
  ノルウェー
  アメリカ
この図書・雑誌をさがす
内容説明・目次
目次
- 国語科の領域の中身は何であったのか
- 国語についての知識よりも豊かな言語経験か
- 国語科教科書を言葉の教科書にする試みの無残な結果
- 国語科各領域の現在の問題
- 教材としての方言の運命
- 教材としての敬語のあり方
- 「和語・漢語・外来語」という語彙指導の教材づくりは、何時まで続くのか
- 文法という役に立たない知識学習の残酷さ
- 話すこと・聞くことが学習指導になる道筋
- 国語科授業展開上の問題点
- 授業研究という考え方の成り立ち
- 評価が授業のあり方と係る道筋
- 言葉の正しい使い方の教科か、認識力の育成の教科か
- 国語科教育の本質は、言葉の“妥当な使い方の学習にあること
「BOOKデータベース」 より