字記創学鈔 12巻
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字記創学鈔 12巻
惠城 [写], 寳暦10 [1760]
- 第1
- 第2
- 第3
- 第4
- 第5
- 第6
- 第7上-下
- 第8
- 第9
- 第10後段
- 第11
- 第12
Manuscript Text
- Other Title
-
[सिद्धं]字記創學鈔
悉曇字記鈔
悉曇字記聞書
[सिद्धं]字記鈔
[सिद्धं]字記創学鈔
字記聞書
字記鈔
悉曇字記
悉曇字記創学鈔
- Title Transcription
-
ジキ ソウガクショウ
Available at / 1 libraries
-
Faculty of Letters Library, University of Tokyo国語
第17A:15:14803225640,
第27A:15:24803225657, 第37A:15:34803225665, 第47A:15:44803225673, 第57A:15:54803225681, 第67A:15:64803225699, 第7上-下7A:15:74803225707, 第87A:15:84803225715, 第97A:15:94803225723, 第10後段7A:15:104803225731, 第117A:15:114803225749, 第127A:15:124803225756 -
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Note
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写本
書名は題簽による
各巻頭の書名: [सिद्धं]字記創學鈔(第1), 悉曇字記鈔(第2,4,6,7,9,10), 悉曇字記聞書(第3,5), [सिद्धं]字記鈔(第8), [सिद्धं]字記創學鈔(第11)
各巻尾の書名: 悉曇字記鈔(第3,6,10,11,12), 字記聞書(第5), 字記鈔(第7上), 悉曇字記(第9)
各巻頭に「延文四年四月一日 東寺勸学會談義 学頭観智院杲寳」(第1)「延文四年四月九日 東寺勸学會談義 學頭観智院」(第2)「延文四年四月廿九日 東寺勸学會 学頭勸智院」(第3)「延文四年八月廿六日 東寺学頭觀智院賢寳」(第4)「東寺学頭観智院賢寳」(第5)「延文五年五月七日 東寺勸学會談義学頭觀智院」(第6)「康安元年六月九日 於東寺觀智院記之」(第7上)「東寺学頭観智院」(第8,9)「東寺沙門賢寳撰」(第11)とあり
原奥書に「写本云 同年九月二十四日夜讀合了 延文四年四月八日於東寺西院御影堂談席馳筆了讀師勸智院(勸学會談義也) 大法師賢寳生廿六」(第1)「九月五日夜讀合了 延文四年四月十八日於東寺勸学會談席以師主上綱之口筆抄之了 大法師賢寳生廿七」(第2)「本云 延文四年己亥八月廿五日於東寺西院僧坊勸學會談義席口筆了 学頭觀智院 大法師賢寶生廿七」(第3)「延文四年八月日 東寺学頭觀智院賢寳」(第4)「延文五年庚子八月廿三日於東寺西院僧坊當日勧學會談義口筆寫之了 学頭観智院 賢寳生年二十八」(第5)「本云 康暦元年十一月六日校合了」(第8)「康暦二年四月八日 権大僧都賢寳」(第12)とあり
奥書に「旹寛文九年後十月廿七夕二更一校了」(第1)「于時宝暦十辰八月十九日書写畢」(第7下)「寛文九年後十月二十六日一校了 同年十二月廿七日夜再校了 同年正月十二日三校了」(第9)「寳暦十辰年六月廿三日書写畢 和州奇足山 惠城」(第12)とあり
朱筆書き入れあり
第1,12の表紙に「玄」と墨書あり
第12の表紙の付箋に「来」と墨書あり
虫損あり