桶狭間合戦の真相 : 中島砦発にして用意周到・機略に満ちた奇襲戦だった
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桶狭間合戦の真相 : 中島砦発にして用意周到・機略に満ちた奇襲戦だった
郁朋社, 2012.10
- タイトル読み
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オケハザマ カッセン ノ シンソウ : ナカジマトリデハツ ニ シテ ヨウイ シュウトウ キリャク ニ ミチタ キシュウセン ダッタ
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注記
主な参考文献: p251-252
内容説明・目次
内容説明
『信長公記』『山澄桶狭間合戦記』「義元・氏真判物」「周辺諸国及び畿内の諸情勢」「合戦場周辺の地理地形」「当日の天候状況」「信長の人間性と武将としての資質」など、古文書・古地図・気象学など駆使して徹底検証。合戦の全容が明らかとなる。
目次
- 奇襲戦か正面衝突戦か・二つの桶狭間合戦論
- 義元西上の目的は単なる砦封鎖解除に過ぎず、上洛の意図は全くなかったのか
- 合戦当日の今川・織田両軍の布陣の状況
- 義元本陣と防衛部隊の位置及び所謂「はざまくみて」と云う節所の地とは
- 五月十九日の義元本隊の動き
- 信長の人間性と武将としての資質
- 『信長公記』・『山澄合戦記』が示す合戦情況の真相
- 信長の進軍経路と中央帯での合戦情況
- 上洛や砦構築等に見られる信長の遠大な戦略・戦術
- 緻密にして機略に富んだ戦術
- 藤本氏の正面衝突論の虚実と近年の桶狭間合戦論=二つの古戦場跡地
- 信長の勝因・義元の敗因
「BOOKデータベース」 より