モンゴルが攻めてきた : 鎌倉幕府最大の危機
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モンゴルが攻めてきた : 鎌倉幕府最大の危機
(ものがたり日本歴史の事件簿, 7)
理論社, 2006.9
- タイトル別名
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モンゴルが攻めてきた
- タイトル読み
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モンゴル ガ セメテキタ : カマクラ バクフ サイダイ ノ キキ
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注記
参考文献: 巻末
内容説明・目次
内容説明
いまから七百年ほど前、鎌倉時代の終わりごろ—博多の海を、これまで見たこともない異国の軍船がうめつくした。その数およそ九百隻、軍勢は二万とも四万ともいう、世界制覇をめざすモンゴルと高麗との連合軍だ!モンゴル軍は、朝鮮半島の南端を出発し、対馬、壱岐などの島民に残虐な殺りくを繰り返して、博多湾にあらわれたのだ。ただちに出動命令が下され、鎌倉の御家人たちが出動した。迎え撃つ兵およそ一万人が、陸側に結集した。武士たちのリーダーは、幕府の執権、北条時宗。当時わずか二十四歳の若者であった。文永、弘安の役—この二度にわたるモンゴル襲来!わが国が歴史上体験したことのない、この外国の大軍との戦いを、鎌倉武士たちは、どのようにして戦ったのだろうか。そしてこの戦争は、日本の歴史をどのように変えていったのだろう。
目次
- モンゴル最初の襲来—幕府軍大苦戦
- 史上最大の帝国—ヨーロッパまでひろがるモンゴルの勢力(向かうところ敵なし—モンゴル皇帝フビライ、日本征服を決意;モンゴルからの手紙—注目される幕府の対応 ほか)
- 文永の役(くり返される元からの使者—高麗で着々進む日本攻撃の準備;モンゴル軍を迎えて—肥後の御家人竹崎季長、命をかけて奮戦 ほか)
- 弘安の役(二度目の襲来に備える—延々二十キロメートル、防塁出現;竹崎季長の旅—武士はなんのために戦うのか ほか)
- 敗北はまぬがれたが—幕府に残された大きなつけ
「BOOKデータベース」 より
