信仰と想像力の哲学 : ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜
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書誌事項
信仰と想像力の哲学 : ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜
勁草書房, 2021.2
- タイトル別名
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信仰と想像力の哲学 : ジョンデューイとアメリカ哲学の系譜
- タイトル読み
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シンコウ ト ソウゾウリョク ノ テツガク : ジョン デューイ ト アメリカ テツガク ノ ケイフ
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信仰と想像力の哲学 : ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜 / 谷川嘉浩著
BC05827869
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信仰と想像力の哲学 : ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜 / 谷川嘉浩著
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注記
他者と状況から学びつつ思考し、保守的かつリベラルな未来志向の哲学を構想したデューイは、近代化にどう応答したのか。大衆社会論、心理学、神学、自然主義、パース、ローティなどとの線を結び、アメリカ哲学の系譜を辿る。
博士論文「ジョン・デューイはどうして宗教哲学者なのか : アメリカにおける宗教・政治・消費という論点をめぐって」 (京都大学提出) を改稿したもの
参考文献一覧: 巻末p.ix-xxvi
収録内容
- ジョン・デューイはどうして宗教哲学者なのか
- A Common Faithはなぜそう呼ばれるか
- 近代アメリカにおける大衆消費社会の生成と構造
- リベラリズムは豚を焼くために納屋を焼いてしまった
- 不安定な覚醒者たちの連帯
- 介入する部外者たちの重なり合う関心
- 創造的想像力と自然化されたロマン主義
- 消費者に自己超越は可能か
- 画一性のディストピアを超えるための二つの戦略
- 民主主義へのジェファーソン的「信仰」
- 知を欲望する、地図を手にする、庭を耕す
内容説明・目次
内容説明
アメリカを考えることは、「私たち」を考えることだ。デューイという「集合知」を通して、アメリカ知識人の社会批評をたどる。
目次
- 導入 ジョン・デューイはどうして宗教哲学者なのか
- 序論 A Common Faithはなぜそう呼ばれるか—共同性、想像力、歴史
- 第1部 近代アメリカにおける消費・政治・宗教(近代アメリカにおける大衆消費社会の生成と構造;「リベラリズムは豚を焼くために納屋を焼いてしまった」—リップマンとデューイの先入見論;不安定な覚醒者たちの連帯—憂鬱、科学的方法、レトリック;介入する部外者たちの重なり合う関心—二つの公私概念と公私の境界設定をめぐって)
- 第2部 信仰と想像力の哲学(創造的想像力と自然化されたロマン主義—心理学から宗教学へ;消費者に自己超越は可能か—ブーアスティン、デューイ、ニーバー;画一性のディストピアを超えるための二つの戦略—A Common Faithを読むエーリッヒ・フロム;民主主義へのジェファーソン的「信仰」—政治的疎外、自然権、楽観性)
- 知を欲望する、地図を手にする、庭を耕す—図書館と現場を行き来する哲学
「BOOKデータベース」 より