南部八戸藩志和通り : なぜ、志和は江戸時代207年間、八戸藩の飛び地になったのか
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南部八戸藩志和通り : なぜ、志和は江戸時代207年間、八戸藩の飛び地になったのか
ツーワンライフ, 2022.3
- タイトル読み
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ナンブ ハチノヘハン シワドオリ : ナゼ シワ ワ エド ジダイ 207ネンカン ハチノヘハン ノ トビチ ニ ナッタ ノカ
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注記
文献:p246
内容説明・目次
目次
- 南部氏中興の祖・南部信直の陸奥の国制覇までの行程(みちのり)
- 志和を知行した中野吉兵衛(九戸政実の弟)の生涯と九戸の乱始末記
- 九戸の乱後の一族の後日談
- 二代盛岡南部藩主南部利直と三代藩主南部重直
- 八戸藩誕生と南部直房とその周辺
- 初代八戸藩主南部直房の正室は志和にゆかりの霊松院
- 八戸藩志和通りの誕生は
- 滝名川27堰
- 霊松院と准胝観音菩薩坐像・(じゅんていかんのん)・=(沢口観音)
- 志和の経済とインフラは何といっても近江屋「権兵衛酒屋」から
- 江戸への廻米
- なぜ志和は八戸藩の飛び地になったのか?
「BOOKデータベース」 より

