眼がスクリーンになるとき : ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』
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書誌事項
眼がスクリーンになるとき : ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』
(河出文庫, [ふ22-1])
河出書房新社, 2024.8
- タイトル別名
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眼がスクリーンになるとき : ゼロから読むドゥルーズシネマ
- タイトル読み
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メ ガ スクリーン ニ ナル トキ : ゼロ カラ ヨム ドゥルーズ シネマ
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注記
フィルムアート社 2018年刊
シリーズ番号はブックジャケットによる
文献一覧: p317-322
内容説明・目次
内容説明
ドゥルーズ哲学の創造の原理が、『シネマ』の緻密かつ明快な読解から明かされる。映画という芸術の新しさは、いかにして哲学の新しさへと跳ね返るのか?ドゥルーズに伏在する「言葉と物」の二元論から、今世紀の日本の批評を導いてきた「否定神学批判」の限界に迫る、『非美学』の著者のデビュー作が文庫化。黒嵜想、山本浩貴(いぬのせなか座)との解説座談会を追加収録!
目次
- 第1章 映画と哲学、ベルクソンとドゥルーズ(『シネマ』と映画;ベルクソンにおけるイメージと運動 ほか)
- 第2章 運動イメージ―感覚‐運動的に思考する映画(運動イメージの分化―宇宙の構築;運動イメージの種別化―主観性の物質的アスペクト ほか)
- 第3章 運動と時間(運動から時間へ?―ランシエールの『シネマ』批判をめぐって;零次性としての知覚イメージ―物の知覚 ほか)
- 第4章 第一、第二の時間イメージ―視‐聴覚的に思考する映画(結晶イメージの境位―知覚と記憶の同時性;過去の共存と現在の同時性―「脳」と「宇宙」の新しい意味 ほか)
- 第5章 第三の時間イメージ―ひとつのおなじ結論の三つの異なるバージョン(私に身体を与えてください―瞬間に持続を導入する;偽なるものが力能になるとき―『シネマ』の物語論 ほか)
「BOOKデータベース」 より

