戦争と占領の日本映画史 : 歴史の「闇」を捉え返す
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書誌事項
戦争と占領の日本映画史 : 歴史の「闇」を捉え返す
青土社, 2025.10
- タイトル別名
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戦争と占領の日本映画史 : 歴史の闇を捉え返す
- タイトル読み
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センソウ ト センリョウ ノ ニホン エイガシ : レキシ ノ「ヤミ」オ トラエカエス
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注記
表現種別: テキスト (ncrcontent), 機器種別: 機器不用 (ncrmedia), キャリア種別: 冊子 (ncrcarrier)
参考文献: pxx-xl
収録内容
- 日清・日露戦争後の大衆文化におけるサディズム/マゾヒズムの表象
- 戦時下のホモソーシャル
- 占領下のホモソーシャル
- 一九四八年の機械仕掛けの神
- 「聖」なる女たち
- 占領期の田中絹代と小津安二郎
- ポスト占領期における男性・女性の闘争
- 出征兵士を送る妻の「涙」の表象をめぐって
- なぜ「明朗」なのか
- エノケンの身体表象にみる相克
- 冤罪事件へのシンパシー
- 時代劇映画の一九六八年
内容説明・目次
内容説明
マキノ正博が戦中に発表した「明朗」な作品群、長谷川一夫と古川ロッパの共演作、占領期に生まれた「パンパン映画」と「母もの映画」―。同時代の文脈のなかに差し戻すことで、その映画がもつ隠された政治性・歴史性を鋭く浮かび上がらせるスリリングな映画論。その明るさが覆い隠しているものとは何か。
目次
- 第1部 隠された欲望(日清・日露戦争後の大衆文化におけるサディズム/マゾヒズムの表象―継子いじめ譚『五郎正宗孝子伝』(一九一五年)を起点に;戦時下のホモソーシャル―長谷川一夫と古川ロッパの、「男」の生きる道;占領下のホモソーシャル―長谷川一夫と古川ロッパの、「傷」だらけの男)
- 第2部 「闇」の女たち(一九四八年の機械仕掛けの神―占領下の日本映画における「闇」の女たちの表象;「聖」なる女たち―「母もの映画」に刻まれた占領の影;占領期の田中絹代と小津安二郎―『風の中の牝雞』と『宗方姉妹』の描く「暴力」の意味を捉え返す;ポスト占領期における男性・女性の闘争―『やっさもっさ』(1953年)と「講和」)
- 第3部 明朗という「闇」(出征兵士を送る妻の「涙」の表象をめぐって―『ハナ子さん』(一九四三年、マキノ正博)の多相性;なぜ「明朗」なのか―一九三九年の映画『鴛鴦歌合戦』と『春秋一刀流』の連続性/非連続性;エノケンの身体表象にみる相克―『孫悟空』(一九四〇年)における(反)全体主義)
- 第4部 歴史の「闇」(冤罪事件へのシンパシー―マキノ雅弘監督『次郎長三国志 第九部 荒神山』(一九五四年)の異様さ;時代劇映画の一九六八年―『祇園祭』(山内鉄也監督)をめぐる論争と伊藤大輔のイデオロギー)
「BOOKデータベース」 より