フォークボール一代 : 勝利への投球、その闘いの足跡
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フォークボール一代 : 勝利への投球、その闘いの足跡
(野球殿堂シリーズ)
ベースボール・マガジン社, 1988.12
- タイトル読み
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フォークボール イチダイ : ショウリ エノ トウキュウ ソノ タタカイ ノ ソクセキ
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内容説明・目次
内容説明
「捕手のとれない球が打てるか」とは、打撃の神様と言われた川上が、著者のフォークに対して吐いた名言。この言葉に示されているように、著者は日本で最初にフォークボールを開発、実戦に活用して、29年には、中日を優勝に導く。現役引退後、監督・コーチを歴任したが、タイガースの藤本監督の片腕として、39年打倒巨人を果たして優勝に寄与したことは高く評価される。51年には、乞われて巨人のコーチに就任、長嶋監督の全面的信頼を得て、前年度最下位から、優勝へ導くのに縦横の腕を振るった。
目次
- 夢だった神様川上さんとの対決
- 守りの分岐、本多君と豊田君の場合
- 7・25事件を生んだフォークの一球
- 神田錦華小学校の野球部員
- 上海で終戦、捕虜生活3カ月で帰還
- 琴浦の町で初めてフォークの名を知る
- 天知さんとやった心身酷使の野球
- 若返りが至上命令だった中日監督
- 大毎コーチからタイガースコーチへ
- 故鈴木会長に口説かれて巨人のユニフォーム着る
- 角番の試合には使えなかった江川君
- コーチから見た投手いろいろの顔
- 堀内投手を楯にして若手を使った
- 濡れた人工芝で中日にワンサイド勝ち
- 相手打者全部1試合分の攻め方を書いた山倉
- 別所投手と打ち合ったホームランの思い出
- 金田投手に選ばれた4球1個で完全試合パア
- キャンプからオープン戦の投手の課題
- 残して置きたかったフォークの球跡〔ほか〕
「BOOKデータベース」 より