内村 和至 Uchimura Katsushi

Articles:  1-20 of 41

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  • 明治七年刊の「繁昌記物」をめぐって(上)服部誠一・萩原乙彦・高見沢茂  [in Japanese]

    内村 和至

    明治七年(一八七四)の春から夏にかけて、服部誠一(以下、撫松と記す)『東京新繁昌記』、高見沢茂『東京開化繁昌誌』、萩原乙彦『東京開化繁昌誌』の三著が引き続いて刊行された(参考図版1・2・3)。文体も作者の立場もそれぞれ異なっているが、この中で一世を風靡したのが撫松の『東京新繁昌記』だったことは明治文学史の常識である。以後、所謂「繁呂記物」か次々に生みだされた。しかし、人気売れ行き共に『東京新繁昌記 …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (137), 133-150, 2019

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  • 『対梅宇日渉』第四編 : 萩原乙彦の俳諧雑誌  [in Japanese]

    内村 和至

    萩原乙彦(文政九―明治一九〈一八二六―一八八六〉)は、明治初期俳諧史の中では少しは知られた存在である。それは、乙彦が日本最初期の俳諧雑誌を編集・刊行したことによる。乙彦は、明治二年(一八六九)二月、四四歳の折、『俳諧新聞誌再編(重編俳諧新聞誌)』第一集を発刊した(以下『俳諧新聞誌』と略記)。もっとも、「再編」「重編」と銘打つように、これには『俳家新聞』という先蹤があった。『俳家新聞』は、慶応二年( …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (134), 33-58, 2018

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  • 『貞伝上人/東域念仏利益伝』について  [in Japanese]

    内村 和至

    私はこれまで江戸中期の浄土僧、宝洲槃譚(?― 元文二年〈一七三七〉)について調査を進め、その経歴や著作の概略は一応まとめておいた。宝洲は東北浄土僧伝四種に著者および注釈者として関わっている。『貞伝上人/東域念仏利益伝』二巻二冊(元文二年刊〈一七三七〉。以下『貞伝伝』と略記)は、その最後の著書である。他の三作については既に論じたので、ここで『貞伝伝』を取り上げ、私の宝洲研究の一区切りとしておきたいと …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (133), 47-77, 2017

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  • 蔵印雑話 (小特集 今日、文学を読むとは?)  [in Japanese]

    内村 和至

    先般、各務支考(一六六五―一七三一)の『和漢百花賦』大本一冊(享保一二年成立〈一七二七〉)を手に入れた。支考に興味があって購入したわけではない。たまたま売りに出ていた本が、私がここしばらく調査を続けている萩原乙彦(一八二六―一 八八六)の旧蔵書だったのである(乙彦については本誌第一一二―一一六号掲載の拙文を参照されたい)。つまりは、その蔵印(蔵書印)が目当てで買った本である。題策の上部が一部剥落し …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (132), 39-48, 2017

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  • 『通俗民権百家伝』の周辺 : 初期自由民権運動の一断片  [in Japanese]

    内村 和至

    私はこれまで、萩原乙彦(文政九年―明治一九年〈一八二六―一八八六〉)について何編かの論考を書き、資料紹介もわずかばかり行ってきた。その中でちょっとした違和感を感じていた著作が、『通俗民権百家伝』全三編(明治一一―一四年刊〈一八七八―八一〉)である。乙彦は旗本次男坊で、ある程度の学問と先見の明を持ち、一時は文名も上がったが、時代の波に翻弄され、ついには山梨の山村にひっそり朽ち果てた。維新の動乱の中で …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (130), 41-63, 2016

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  • 宝洲と無能 : 『無能和尚行業記』をめぐって  [in Japanese]

    内村 和至

    宝洲槃譚(??元文二年<一七三七>)は、江戸中期の浄土僧である。私が宝洲に興味を引かれたのは、宝洲が関わった四種の東北浄土僧伝の存在であった。刊行順に書名を掲げておくと、以下の四著である。一、宝洲著『無能和尚行業記』二巻二冊 享保六年刊(一七二一)二、伝阿記・宝洲評『孝感冥祥録』二巻二冊 享保八年成立(一七二三)・同一九年刊(一七三四)※宝洲評を削除し、挿絵を大幅に加えた改変本が、天明二年刊(一七 …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (128), 27-50, 2016

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  • 宝洲槃譚の事跡について  [in Japanese]

    内村 和至

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (127), 53-83, 2015

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  • 宝洲評注『孝感冥祥録』について  [in Japanese]

    内村 和至

    先般、私は、月泉編『待定法師忍行念仏伝』(元文元年刊<一七三六>。以下『待定伝』)を取り上げて小論をものした。その過程で、『待定伝』の評注者、宝洲に注意を引かれた。待定に大きな影響を与えたのは無能だったが、その伝記『無能和尚行業記』(享保六年刊<一七二一>。以下『無能伝』)を書いたのは宝洲だったからである。また、宝洲は、善之丞(後に剃髪して直往)の地獄極楽めぐり『孝感冥祥録』(享保八年<一七二三> …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (125), 1-27, 2015

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  • 萩原乙彦編『再編/雅俗新聞』第一号  [in Japanese]

    内村 和至

    私はここ何年か、萩原乙彦の仕事を追いかけている。その中で調査に難渋しているのが、乙彦が明治期に関わった新聞の仕事である。夙に三田村鳶魚は、明治八九年の交に『花謡新聞』『雅俗新聞』『日新録』等の琉球紙刷の雑誌は、乙彦先生の名で売れるのであった。と記しているが、これがよくわからないままなのである。『雅俗新聞』の誌名自体は目録類の検索で行き当たったが、『花謡新聞』については読みがわかっただけで号数や所蔵 …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (124), 51-68, 2014

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  • 文化五年本『春雨物語』読解 : 内破(インプロージョン)するテクスト (特集 それは何か?<よむ>とは) -- (日本を<よむ> : 古典文芸・文化)  [in Japanese]

    内村 和至

    ―文化五年本『春雨物語』の問題点―『春雨物語』研究の基本的問題は、その「最終稿本」がどれであるのかいまだに決定を見ていないことにあると言ってよい。つまり、各稿本群や草稿群の相互関係をどのように規定するかという問題である。その研究史的概観は、三浦一朗に要領を得た要約がある(書誌データは初出のみ残し他は省略した。傍線・丸数字は引用者)。…中村幸彦校注『日本古典文学大系 上田秋成集』(岩波書店、一九五九 …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (123), 77-92, 2014

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  • 文芸メディアの冒険 : アルゴナウティカの行方 (特集 それは何か?<よむ>とは) -- (イントロダクション)  [in Japanese]

    内村 和至

    ロードスのアポロニオスによれば、英雄イアソンはアルゴー船を仕立て、金羊の毛皮を求めて旅をし、艱難の末、目的の地コルキスに辿り着いた。コルキス王アイエテスは面従腹背、難題を持ちかけてイアソンを殺そうとしたが、イアソンに恋をした王女メディアの手助けによって、イアソンは金羊の毛皮を手にし、メディアを伴って、コルキスを逃れ去ったのである(『アルゴナウティカ』)。というだけでは、何のことはないような神話だが …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (123), 17-28, 2014

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  • 『待定法師忍行念仏伝』の世界 : 異形の念仏行者  [in Japanese]

    内村 和至

    私は先頃、「日本文芸思潮史A」の授業で「浄土思想」を扱った。「日本文芸思潮史」という科目は、私が本学部の日文専攻学生だった頃の必修科目で、そのときの講義は大野順一先生の「法然・親鷺・一遍」だった。当時、雲をつかむような思いで受講していたが、それ以来、自分なりに日本の浄土思想を主題化したいと思っていたのである。浄土思想、特に浄土真宗は、一見したところ教理は単純そうに見えるが、実は極めて難解な思想であ …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (122), 17-40, 2014

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  • 萩原乙彦の俗謡本(3)相撲じんく  [in Japanese]

    内村 和至

    私はこれまで、本誌に歌沢能六斎こと萩原乙彦の俗謡本を二回に渡り翻刻紹介してきた(以下、人名は萩原乙彦で統一する)。本稿は、その第三として、萩原乙彦の『相撲じんく』を紹介する。本作は、萩原乙彦の新出作品である。もっとも、幕末の片々たる俗謡本は書誌が未整備で、目録類に未登録の俗謡本は数多く存在するから、今後も何点か見つかる可能性は高い。国文学研究資料館「日本古典籍総合データベース」(以下、「古典籍DB …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (121), 51-63, 2013

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  • 幕末期「万国旗本」をめぐる人々  [in Japanese]

    内村 和至

    「万国旗本」とは、私が仮に名付けたもので、学術用語ではない。言う心は、「幕末、外国船来航に沸き立つ時期に編纂された、世界の国旗・都市旗・軍艦旗・商船旗などを記載した本」の意である。と言っても、私は、文化史的観点から「万国旗本」そのものを研究対象としているわけではない。本稿の目的は、幕末戯作研究のかたわら管見に入った数冊の「万国旗本」に触れつつ、その背景をなす時勢や人間関係を瞥見することである。わず …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (119), 27-53, 2013

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  • 萩原乙彦の戯作類について  [in Japanese]

    内村 和至

    明治初期俳諧史の中にわずかに名を残す萩原乙彦は、幕末期には二世梅暮里谷峨・歌沢能六斎・鈴亭谷峨として知られる戯作者であった(以下、人名としては乙彦を用いる)。その仕事の中では、俗謡本編纂者としての梅暮里谷峨・歌沢能六斎は比較的知られているが、俗謡本以外における戯作者としての梅暮里谷峨・鈴亭谷峨は知られることが少ないと言ってよい。特に鈴亭谷峨の戯号による著作は、部分的な言及はあるものの、ほとんど注意 …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (116), 1-31, 2012

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  • 萩原乙彦の俗謡本(2)言葉入りいきな都々一  [in Japanese]

    内村 和至

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (118), 81-105, 2012

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  • 萩原乙彦の俗謡本 : 大津絵二種  [in Japanese]

    内村 和至

    萩原乙彦は、幕末期には二世梅暮里谷峨として知られ、当時の戯作者の中で最も多くの俗謡本を編纂した作者である(以下、人名としては乙彦を用いる)。この俗謡本編纂者としての乙彦について、永井荷風は、わたくしは、元禄以後の江戸の文学者にして三弦の曲調を愛好し、これについて正確な批評をなし得るものは、蜀山人であつて、これに亜ぐるものは、春水と二代目梅暮里谷峨であると思つてゐる。と言っている。蜀山人・春水・二代 …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (117), 235-253, 2012

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  • 萩原乙彦の俳諧活動について  [in Japanese]

    内村 和至

    萩原乙彦の名は、明治初期俳諧史には必ず出てくる名前である。その主要な仕事としては、三点が挙げられよう。第一は、日本最初期の俳諧雑誌を編集・刊行したこと。第二は、太陽暦に依拠した初の俳諧歳時記を刊行したこと。そして、第三が、後代の俳書コレクションの先蹤をなす「俳書二酉精舎」コレクションを構築したことである。もともと明治初期俳壇は、江戸時代末期以来の旧派が余喘を保つのみで、正岡子規の俳句革新運動が興隆 …

    文芸研究 : 明治大学文学部紀要 (115), 1-22, 2011

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  • 『温知風俗通』第十一号  [in Japanese]

    内村 和至

    私はこのところ萩原乙彦について調査をしているが、その俳諧活動を調べている中で、たまたま乙彦編集の俳諧雑誌『温知風俗通』第一一号(明治一六年〈一八八三〉一〇月刊)を手に入れた。本誌はこれまで、国立国会図書館蔵の第四号(明治一五年〈一八八二〉八月刊)が知られるのみである。これに第一一号が存在したことは、乙彦晩年の俳諧活動に聊かの光明を与えてくれる。その点で貴重な資料と言ってよい。明治初期俳壇史における …

    文芸研究 (114), 258-239, 2011

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  • 萩原乙彦の人物像--二人の女をめぐって  [in Japanese]

    内村 和至

    萩原乙彦はほぼ忘れられた幕末明治期の戯作者・俳人だが、乙彦の仕事は幕末明治期の知識人の様態を考える上で、興味深い問題を孕んでいる。今後における乙彦研究の方向性については、拙稿「萩原乙彦研究序説」に略説したので、本稿では、乙彦についてこれまで語られてきたことを再検証しながら、その人物像を素描しておくこととしたい。 乙彦研究においては、俗謡研究・俳諧研究の場面ではそれなりに言説が蓄積されてきている。し …

    文芸研究 (113), 1-22, 2011

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