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大貫 隆 生活大学研究 6 (1), 24-43, 2021
...生前のイエスによるエルサレム神殿倒壊の予言(マルコ14, 58)は,復活信仰成立後間もない原始エルサレム教会の中で再び活性化された.それは使徒言行録と全書6–7章に記されたステファノ殉教事件から読み取られるように,復活のイエスが天上から再び到来するという待望と結びついていた(第I節).その待望は満たされずに終わり,ステファノを含むギリシア語を話すユダヤ人キリスト教徒はエルサレムから離散した.しかし,...
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山口, 希生, Yamaguchi, Norio キリストと世界 (29) 1-23, 2019-03-01
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髙橋 優子 宗教研究 91 (1), 1-23, 2017-06-30
...おそらくマナセ王がエルサレムに持ち帰ったESODが宮廷役人やエルサレム神殿祭司に知られており、後のヨシヤ改革に独特の方法でその知識を利用したとすれば、ヨシヤ改革の姿がより明確に浮かびあがってくることになる。</p>...
橋本 滋男 基督教研究 69 (1), 1-14, 2007-06-30
...パウロの救済論を理解するとき、従来のような信仰義認を中心軸にした信仰と律法の対立的枠組みのみでなく、エルサレム神殿で営まれていた神殿祭儀との関連から新たに見直すべきであろう。当時のユダヤ教の救済システムの一つは、神殿祭儀であり、パウロはこれを回心後も尊重している。イエスの十字架死の意義を贖いの犠牲として見る彼の救済論の根底には、神殿で捧げられる祭儀があったことに注目すべきである。...
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市川 裕 東京大学宗教学年報 20 1-14, 2003-03-31
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山崎 亨 基督教研究 18 (2), 155-162, 1941-01-25
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