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  • 青少年期の福島安正と情報活動の起源

    澤田, 次郎, Sawada, Jiro 拓殖大学論集. 人文・自然・人間科学研究 48 1-27, 2022-10-31

    本稿は明治後期に陸軍の情報活動、インテリジェンスの中核を担った福島安正が、明治初年の青少年期、どのような足跡を示し、いかなる思想形成過程をたどったかを検証するものである。結論として以下の諸点を指摘することができる。 第一に、幕末の松本藩時代から新式の軍事教練などを通じて西洋化の波を受け始めていた福島は、明治維新直後、開成学校、大学南校で英学を学んだ。学資が続かず大学南校は退学したが、その後、私塾…

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  • 1930年代の新疆をめぐる日本の情報活動

    澤田, 次郎, Sawada, Jiro 拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 25 (1), 1-47, 2022-10-31

    本稿はインテリジェンスの視角から,明治期の新疆における日本の初期情報活動が大正期を経て昭和戦前期,1930年代に入るとどのような変容を見せるようになったのか,またそこにはいかなる問題があったのかという点を検証するものである。すなわち1930年代を中心としつつ,それ以前の時期も含めた新疆をめぐる日本の情報活動の大まかな全体像を明らかにした。結論として以下の点を指摘することができる。 …

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  • 福島安正のユーラシア大陸旅行 ―一八八〇年代から九〇年代を中心として─

    澤田, 次郎, Sawada, Jiro 拓殖大学国際日本文化研究 4 75-228, 2021-03-25

    本稿は一八八六(明治十九)年から一八九六(明治二十九)年にかけて、陸軍参謀本部の情報将校・福島安正がユーラシア大陸で行った四つの視察旅行を検証した。すなわち、①英領インド調査、②バルカン半島視察、③シベリア単騎横断旅行、④亜欧旅行(とくにペルシャと中央アジア)である。 これらを通観した上でいえることは、第一に福島の視野の広さである。ベルリン駐在時の福島は任地のドイツ軍や独露国境地帯のロシア軍の兵…

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  • 1880年代における日本陸軍の対清情報活動 ―福島安正を中心として―

    澤田, 次郎, Sawada, Jiro 拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 22 (2), 19-76, 2020-03-25

    本稿は1880年代における参謀本部の対清情報活動の実態を,福島安正中尉(のち大尉)を主軸に据えて考察するものである。そこでは主に以下の3点を検証した。 第一に軍事関連施設の偵察である。まず福島は北京から内モンゴルを,ついで杉山直矢少佐とともに,①上海─南京,②煙台─天津を旅行し,兵要地誌調査を行った。 …

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  • アフガニスタンをめぐる日本の諜報工作活動 ―1934-1945年を中心に―

    澤田, 次郎, Sawada, Jiro 拓殖大学論集. 政治・経済・法律研究 22 (1), 77-144, 2019-10-31

    本稿の目的は1934(昭和9)年から45年にかけての時期を中心に,アフガニスタンをめぐる日本の諜報工作活動を検証することである。1934年,カーブルに日本公使館を開設するにあたって外務省は,アフガニスタンとの親善関係が経済と外交戦略の両面でメリットをもたらし,とくに英ソを牽制することにつながると考えており,このことをふまえて日本公使館は諜報工作活動に着手する。第一に諜報活動については,日本公使館…

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  • 新渡戸稲造のアメリカ観 ―心理的葛藤とその克服の試み―

    澤田, 次郎, Sawada, Jiro 拓殖大学論集. 人文・自然・人間科学研究 41 25-56, 2019-03-15

    本稿は青年期から六十代にいたる新渡戸稲造のアメリカ観をトータルに検証し、彼がアメリカに対していかなる心理的葛藤藤を抱き、それをどのように克服しようと試みたかという点を考察するものである。そこで明らかにしたことは以下の三点である。 第一に新渡戸は、早くから学問、宗教の両面において「学ぶべき教師」の国アメリカのイメージを深め、アメリカ留学時は政治経済学や歴史学、クエーカー教義を受容するだけでなく、周…

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  • チベットをめぐる日本の諜報活動と秘密工作 ―一八九〇年代から一九一〇年代を中心に―(二・完)

    澤田, 次郎, Sawada, Jiro 拓殖大学論集. 人文・自然・人間科学研究 41 1-24, 2019-03-15

    本稿は前号掲載分と合わせて一八九〇年代から一九一〇年代を中心に、チベットをめぐる日本の諜報工作活動の実態を検証するものである。前回明らかにしたのは、①一八九七年から一九〇二年にかけて外務省、参謀本部のチベット関与は初歩的段階にあり、それを反映して成田安輝の活動は質量ともにレベルの高いものであったとは言い難かったが、②この点は一九〇六年から〇八年において参謀本部の福島安正の支援を受けた寺本婉雅によ…

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  • 徳富蘇峰とイギリス

    澤田 次郎 法政論叢 47 (1), 63-72, 2010

    Tokutomi Soho (1863-1957) was one of the most influential journalists of modern Japan. The purpose of this paper is to show how Soho's views of Britain changed from the 1880s to the 1940s. Young …

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  • 少年期の徳富蘇峰とアメリカ : 1863年〜1880年

    澤田 次郎 同志社アメリカ研究 (39) 11-35, 2003-03-20

    徳富蘇峰(1863〜1957)は近代日本を代表するジャーナリスト、歴史家として知られている。明治中期から昭和戦後の六十年以上にわたって、蘇峰は日米関係やアメリカ外交につき言論を展開し続けた。日露戦争終了時までアメリカに強い好意を示したかれは、戦争後、とくにカリフォルニアの日本移民排斥運動に反発してアメリカへの嫌悪感を深め、日米戦争中は米英撃滅を主唱した。 …

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