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奈倉 哲三 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History 157 249-275, 2010-03-15
...旧幕府諸勢力の動きは多様であったが、小諸藩主牧野康済(やすまさ)の歎願書は際だっていた。ひたすら、臣子として徳川家に仕えることで朝廷に仕えるのだ、との論理一つを主張、朝命だからとて慶喜追討の兵は出せないと突っ張り、出兵拒否で「朝廷の闕失を補う」とまで直言した。この論理が大総督宮入城当日に、江戸市民の眼前に示されていた。一方、東征軍の江戸入り総過程を通じ、江戸市民の負担は急激に膨張する。...
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