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  • 「日輪の翼」論 : 芸能的身体の獲得

    種田 和加子 日本文学 47 (9), 53-62, 1998

    「日輪の翼」を芸能性と身体性の両面からみていくと、老婆らの神への恭順と身体技法はかならずしも合致せず、それは折口信夫の「しじま」と「もどき」の身体的表現としてたえず意味を転倒し、還流させるダイナミックな動きをもっている。とくに、サンノオバは芸能的であり、そのためジェンダー規範においても脱領域的な指向性をもつ欲望の主体である。文字の文化に見放された老婆らは、その見返りにたえず規範を「もどく」自由を…

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  • 偶像の競合 : 「妖剣紀聞」論

    種田 和加子 日本文学 47 (3), 46-55, 1998

    E・W サイードの「オリエンタリズム」は言説が言説として成り立つときの政治性をオリエンタリズム、そのあいまいなイマジネールの中からひきだしてみせた。日本の歴史をかえりみれば、オリエンタリズムに相当するのは「マレビト」であったかにみえた被差別の人々である。近世の共同体の文化の中で存在した人間関係のありかたが「マレビト」と呼ばれるような人々を容認し、関係も文化も近代になると変質して、彼らのエグゾティ…

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  • イロニーとしての少年 : 『化鳥』論

    種田 和加子 日本文学 35 (11), 41-55, 1986

    『化鳥』の書かれた明治三十年代には。「人は万物の長なり」という人間至上主義が共同幻想として浸透していたが、『化鳥』の主人公の少年はその価値観を言葉によって攪乱し、さらに身体において抵抗しようとする存在だった。少年は、境界の神をもって任ずる母の唯一の後継者としてあくまでも卑俗な合理主義を相対化する位置に立つもので、『化鳥』からは、鏡花の幼年世界の鋭い批評的性格を見きわめることができる。

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