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検索結果 875 件

  • 1919年時点での山梨県における地主・小作人の関係について

    深澤, 竜人, Fukasawa, Tatsuhito 経済学季報 72 (4), 107-132, 2023-03-10

    ...1919年時点での山梨県における地主・小作人の関係に関して,三つの史料からその詳細を確認していった.地主側,第三者側,そして小作人側から示された当時の地主・小作人の状況の詳細に関するものであって,各々の立場からの認識と説明から,当時の小作料をはじめとした地主・小作人の詳細状況が明らかとなる.特に小作人側の悲惨な状況の詳細が明確であり,さらにこの時期に小作人の地主に対するマルクス主義的な階級的自覚,そして...

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  • ノルベルト・エリアス「フィギュレーション」論の現代的意義に関する予備的考察(社)

    村下 慣一 日本体育・スポーツ・健康学会予稿集 73 (0), 68-, 2023

    ...スポーツ・体育社会学における理論潮流の動向を踏まえると、こうした問題関心は、主にマルクス主義系の論者が担ってきた、といえる。</p><p> 本報告では、この問題関心を共有し、また起点としたうえで、マルクス主義的なアプローチとは別の方法論的視角の確立を志向したい。そこで、参照枠とするのが、ノルベルト・エリアス「フィギュレーション」論である。...

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  • 山梨県における米騒動(1918 年)について

    深澤, 竜人, Fukasawa, Tatsuhito 経済学季報 72 (3), 89-117, 2022-12-09

    ...1918年に生じた米騒動に関して,山梨県の状況を知るべく,当地の地方新聞の記事を基にして追究した.まず山梨県での大戦景気による好景気,それとともに生じた物価の上昇,特に米価の高騰,これらの状況と要因について詳解した.その後,山梨県における米騒動として,1918年8月に若尾邸の焼き討ち事件が起きるが,この詳細を示した.またこの後,新聞紙上での分析はマルクス主義的な理解把握が示されていく状況を詳解した....

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  • 1930年代前半における右翼運動家・津久井龍雄の主張と思想

    井上 祐子 社会科学 52 (3), 23-52, 2022-11-30

    ...その立場は、1932~3年頃に、国家社会主義から日本主義に変わるが、国家主義に基底をおいた上で、マルクス主義等の西欧の思想・知識を踏まえた、日本独自の近代社会思想を形成し、それに基づく国家の改造をめざした点では連続性がある。本稿では、彼の考えがいかに変わり、また変わらなかったかを検証し、彼がいかにして自身の日本主義思想を確立していったのかを明らかにした。...

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  • 1 「人新世」における脱成長論——ガンディーの経済論を中心として

    石井 一也 平和研究 58 (0), 71-93, 2022-10-15

    ...こうした危機からの脱出口を探るために、斎藤幸平は晩期マルクスの著作に「脱成長コミュニズム」なる考えを見出し、セルジュ・ラトゥーシュは、非マルクス主義の立場から、イヴァン・イリイチのコンヴィヴィアリティ」の概念にもとづく「脱成長」を提唱している。しかしながら、斎藤の主張は、革新的であるが容易には支持しがたく、ラトゥーシュによる近代批判は、幾分不徹底にみえる。...

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  • 「社会福祉発達史」研究の射程と展望(その2) ——「福祉の複合史」研究のもたらしたもの——

    伊藤, 文人, ITO, Fumihito 現代と文化 : 日本福祉大学研究紀要 (145) 23-50, 2022-09-30

    ...「福祉の複合史」研究は,本国英国では1970年代末期から,日本では英国での成果を摂取しつつ1990年代後半から徐々に「歴史学」分野で紹介・深められ,多くの「福祉の歴史」の諸相を明らかにしてきた.その特長は,それまでの社会福祉史研究(≒社会事業史研究)が無意識的に採用してきたと思われる「歴史観 historiography」(ホウィグ主義史観とマルクス主義史観)とは異なる,多層的で射程の長いそれを見いださそうとしているところにある...

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  • カウツキーにおける進化と共生 : 『倫理と唯物史観』をふまえて

    石井, 穣 経済系:関東学院大学経済学会研究論集 286 37-50, 2022-09

    カウツキーは1980年代以降,民主主義や民族問題に関する考察などをふまえ,再評価の試みがなされてきた。カウツキーにはさまざまな種や民族の共生という論理があり,多様性や共生という点で評価しうるようにみえる。だがその一方で,カウツキーはダーウィニズムの影響を受け,進化における淘汰,強者による排除という思考様式も見せていた。本稿では『倫理と唯物史観』(1906年)を中心に,カウツキーにおける共生をいか…

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  • 格差と規範の政治経済学

    金子 創 歴史と経済 64 (3), 21-31, 2022-04-30

    <p>This paper reviews the conceptual background and (potentially) the disciplinary features of ‘political economy’ since the 18th century and links them to the intellectual strategies of Analytical …

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  • 横光利一におけるマルクス主義思想の受容と感覚概念の形成

    大久保 美花 横光利一研究 2022 (20), 52-65, 2022-03-17

    ...本稿では横光利一のマルクス主義思想の受容と感覚概念の形成を検討した。その際、マルクス主義思想では本来、批判の対象であるはずのフェティシズムを横光が好意的に捉える理由に着目し、そのこととプロレタリア文学者の蔵原惟人によるフェティシズム批判を比較した。蔵原は物質に階級格差を見出し、感覚という語を階級意識という意味で用い、思想の伝染性を駆使して階級闘争の実現を図る。...

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  • ハイエクのマルクス批判 : その系譜と意義

    吉野 裕介 関西大学経済論集 71 (4), 299-320, 2022-03-10

    ...にもかかわらず、膨大な書き物のうち、マルクスあるいはマルクス主義に関する言及は、ほとんど断片的と言えるくらい限られている。この理由を探ることで、ハイエクの社会主義批判の意図がより明確になるのではないか。...

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  • 都市モダニズムと断片化⑵

    神谷, 英二 福岡県立大学人間社会学部紀要 30 (2), 29-40, 2022-03-01

    ...次に、シュルレアリスム芸術からマルクス主義芸術への移行をめざした詩誌『リアン』における竹中久七によるシネ・ポエム批判を検討する。最後に、春山行夫や『詩と詩論』の影響を受けながらも独自の展開を見せた折戸彫夫の詩学とシネ・ポエム論について論じる。折戸の詩論は、竹中久七の批判を乗り越える可能性を持つものである。...

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  • マーサ・ロスラーにおける社会主義フェミニズムの影響

    田尻 歩 年報カルチュラル・スタディーズ 10 (0), 83-100, 2022

    ...本論は、この社会的再生産論を経由してロスラーの政治的立場を理解することで、これまで「アイデンティティ・ポリティクス」的側面や「マルクス主義」的側面としてばらばらに対立し合うと捉えられることのあったロスラー作品における諸要素が、実際には資本一般に対する再生産の領域からの批判として統合的に解釈しうることを明らかにする。...

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  • 20世紀前期中国マルクス主義術語の形成に関する研究 : 日文中訳資料を中心に

    孫, 宇雷, 田中, 寛 外国語学研究 23 39-48, 2021-10-15

    ...本稿は、20世紀前期のマルクス主義に関する術語形成について、主として翻訳の視点から考察した。清末民国初には多くの社会主義文献が中国に紹介されたが、その実態はまだ詳細には検証されてはいない。本稿では『近世社会主義』、『近世社会主義評論』、『社会主義』、『社会主義神髄』の原本と中国語訳本を考察資料として、マルクス術語の形成をデータによる解析を通じて考察した。...

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  • 「社会福祉発達史」研究の射程と展望(その1) -高島進の研究を中心に-

    伊藤, 文人, ITO, Fumihito 日本福祉大学社会福祉論集 (143・144) 57-79, 2021-03-31

    本論考は,「社会福祉発達史」の視点と方法に関する戦後社会福祉学史上の意義と限界を明らかにしていく作業の一環として設定される.本論考では,「社会福祉発達史」という研究対象が生まれた背景としての戦後社会科学の知性史の一端にも触れつつ,そうした当時の知的環境のなかでこの研究領域を開拓した故高島進(1933-2016)がどのような問題意識を以てこれと対峙してきたのか,1970 …

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  • カウツキーにおける「人口問題」と「人種の改良」

    石井, 穣 関東学院大学経済経営研究所年報 43 43-60, 2021-03

    ...カウツキーはドイツ・マルクス主義の理論的指導者として位置づけられ,少数民族に冷淡な立場をとったとされてきたが,近年ではオーストリアの民族問題に関連して,民族の自治や共生を支持したことが評価されるようになった。このような評価は,生態系におけるさまざまな生物の,また国際社会での諸民族の共存を強調する,カウツキーの進化論的考察とも合致する。...

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  • カウツキーと歴史的人口法則

    石井, 穣 関東学院大学経済経営研究所年報 42 40-57, 2020-03

    ...カウツキーは,マルクス主義的な立場からマルサス人口法則のイデオロギー的性格を批判しつつも,食物範囲が人口を制約するという枠組みという点では重視していたことを示す。...

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  • 日本における世界史教育の歴史(Ⅱ-4) : 三分科制の時代 4.

    岡崎 勝世 埼玉大学紀要. 教養学部 55 (2), 1-17, 2020-03

    アジア・太平洋戦争開始2 年後の1943(昭和18)年、軍部の教学刷新要求を反映した「中等學校令」と「中學校規程」、「昭和18 年要目」が公布され、「皇國の道」に則った教育、四年制への移行、国定教科書の使用、軍事教練強化等が定められた。欧米諸国のアジア侵略を厳しく批判し、「大東亞史」としての東洋史を軸とする世界史の国定教科書、『中等歴史一』(昭和19)が刊行され、歴史教育も「大東亞戦争」へと生徒…

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  • メディア知識人論から見た加藤秀俊論

    松井 勇起 情報メディア研究 19 (1), 81-99, 2020-01-22

    ...リースマンの思想的根源であるプラグマティズムの観点から論じられたところに独自性がある.プラグマティックな現実観察を前提とする加藤の実感論は,メディア知識人の言説の中で日本の消費社会論の嚆矢となった.加藤は他人指向型に対する共感するが,本論文によってメディア知識人はドイツ思想が強い東大で教育を受けたか否かで他人指向型に対して共感しやすくなるかが左右されることがわかった.戦後多くのメディア知識人が左派・マルクス...

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  • 災害研究の人文地理学的アプローチの成果と課題

    内山 琴絵 日本地理学会発表要旨集 2020s (0), 203-, 2020

    ...</p><p> 欧米での議論は,個人や集団の災害危険性の認知および適応行動に着目する認知・行動論から始まり,1970年代には新マルクス主義的構造主義へと移り変わった.こうした関心の変化は,個人の知覚や認識を超えた,社会の権力関係や社会経済的要因などによって脆弱性を説明する考え方の支持が背景にあり,マクロな社会構造批判へとつながる....

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  • 戦後日本の社会学史から

    井上 俊 フォーラム現代社会学 19 (0), 36-47, 2020

    ...</p><p>1970年代に入ると、それまで大きな影響力を持っていた構造-機能主義とマルクス主義がともに弱体化し始め、シンボリック・インタラクショニズムや現象学的社会学など多くの新しい観点が登場し、研究テーマも多様化する。...

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  • 二人の「機械」

    位田 将司 横光利一研究 2020 (18), 37-54, 2020

    小林秀雄は横光利一の小説「機械」(『改造』1930・9)を、評論「横光利一」(『文芸春秋』1930・11)において高く評価した。しかし、小林の「私小説論」(『経済往来』1935・5~8)の発表前後から、小林の横光への高い評価は変化を見せ始める。 このような評価の変遷はなぜ生じ得たのだろうか。本論ではその評価の変遷を分析すべく、まずは小林による「機械」への高い評価の理論的な解明を試みる。そこでは二…

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  • 日本における世界史教育の歴史(Ⅱ-3): 三分科制の時代 3.

    岡崎 勝世 埼玉大学紀要. 教養学部 55 (1), 33-49, 2019-10

    「昭和12年要目」の時代(1937、昭和12~1943、昭和18)はまた本格的ファシズムの時代、日中戦争開始からアジア・太平洋戦争前半の時代にあたり、歴史教育も皇国史観とそれに基づく国家主義的な「國民道徳」の注入を目指すものとなった。歴史教科書と授業の内容を細部に至るまで指定し、さらに「五種選定」を強行して教科書の種類数を削減するなど、国家統制が強化された。東洋史の比重が高まりイスラム地域の記述…

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  • いま, マルクスを読む意味

    百木 漠 経済学雑誌 120 (1), 37-53, 2019-10

    ...はじめに : マルクス主義が死を宣告されてから久しい時間が経つ。ソ連や中国をはじめとする社会主義国の「失敗」によって, マルクスの理論は「間違い」であったことが明らかになった, と一般には受け取られている。20世紀全体をかけた社会主義(マルクス主義)の実験は「失敗」に終わり, 資本主義こそが最も優れた経済システムであることが証明されたのだ, と。...

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  • 韓国の民主化運動とキリスト教(3): 全斗煥時代

    倉持, 和雄 東京女子大学紀要論集 69 (2), 85-119, 2019-03-30

    ...この時期もキリスト教会とキリスト者は民主化運動を継続したが、1980年代の民主化運動においてはキリスト者の民主化運動以上にマルクス主義の影響を受けた非キリスト者の変革的運動が台頭した。それは光州事件の敗北を経ることで1970年代の自由民主主義的な民主化運動の限界を認識したためであった。このため1980年代の民主化運動は急進的となり、また光州事件に米国が加担したことが原因となって反米的となった。...

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  • 北大闘争の位置と思想

    河西, 英通 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History 216 71-119, 2019-03-29

    ...(1)には強固な革命思想や暴力志向,(2)には反マルクス主義的傾向やロマンチシズム,(3)には敗北主義・諦念主義が見られた。北大闘争とは,戦後民主化の系譜に立つ北大民主化運動が60年代から70年代にかけた政治情況と大学の大衆化のなかで展開しきれず,大学という存在が地域社会における絶大な知的権威にとどまることで,社会変革の主体として形成されなかった歴史である。...

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  • 日本における世界史教育の歴史(Ⅱ-2) : 三分科制の時代 2.

    岡崎 勝世 埼玉大学紀要. 教養学部 54 (2), 1-15, 2019-03

    アジア・太平洋戦争前の日本では世界史教育は主に中学校で行われ、1872 年に始まる「万国史の時代」から 1902 年以後は国史・東洋史・西洋史の三教科からなる「三分科制の時代」に移行し、ファシズム期(1931 ~ 1945)になると、国史は勿論、東洋史、西洋史に対しても皇国史観が支配を確立していった。その出発点となったのが、昭和 6 …

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  • 日高六郎研究序説 : 「社会心理学」に根ざす戦後啓蒙の思想

    宮下 祥子 社会科学 48 (4), 107-137, 2019-02-28

    ...日高六郎はマルクス主義の有効性を認めつつ、マルクス主義者の党派性を批判し、異質なものの衝突による思想創造を追求した。フランクフルト学派やアメリカ社会心理学の発想と方法が日高の戦後啓蒙を支えたが、同時に心理学が規律権力となることの危険性を1950年代から論じていた。学校教育へのコミットは、日高の思想の核に関わる重要性を帯びていた。...

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  • W.E.B.デュボイスと汎アフリカ主義

    本田 量久 現代社会学理論研究 13 (0), 19-31, 2019

    ...デュボイスは、マルクス主義的な視点から植民地支配や人種主義に基づく欧米中心的な世界秩序を分析する一方で、汎アフリカ主義による世界変革の可能性を論じた。デュボイスによれば、欧米諸国は、アフリカ・アジア・西インド諸島において安価な労働力と天然資源を搾取することで利益の最大化を図るという資本主義的動機から植民地を拡張しようと争い、その結果として二度の世界大戦を引き起こした。...

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  • マルクス主義とフェミニズムの接点

    原口 剛 日本地理学会発表要旨集 2019a (0), 99-, 2019

    ...だが2000年代に入ると、マルクス主義とフェミニズム双方のなかで、重大な転換が生じたように思われる。</p><p></p><p>一方のマルクス主義地理学において、その代表的論者であるD・ハーヴェイ(2013)は、本源的蓄積の再読を通じて「略奪による蓄積」という概念を提起した。...

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  • ジェンダーの視点から何が見えるようになったか

    吉田 容子, 影山 穂波, 倉光 ミナ子 日本地理学会発表要旨集 2019a (0), 113-, 2019

    ...影山穂波氏「地理学におけるジェンダー視点の課題と展望」,久木元美琴氏「福祉サービスの地理学的研究におけるジェンダーの視点—保育・子育て支援の地理学の到達点と課題—」,湯澤規子氏「在来・近代産業を支える「労働」と「生活」の関係と論理—「生きること」を論じるジェンダー地理学—」,原口剛氏「マルクス主義とフェミニズムの接点—寄せ場・野宿の運動からの視角—」,須崎成二氏「空間/場所と性的少数者の視点」。...

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  • 「真実一男と経済学導入史」

    石井, 穣 関東学院大学経済経営研究所年報 40 54-68, 2018-03

    ...マルクス主義については,その本格的導入はロシア革命後の状況を反映して,レーニン主義と抱き合わせで導入されたこと,それがその後の展開に影を落としていたとの真実の認識を取り上げる。近代経済学については,当初は日本社会政策学会への,次いでマルクス主義への対抗勢力との基本規定がなされる一方,独自の理論的発展の方向性も見られたとの真実の考察を取り上げる。...

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  • 医療専門職——利他的か、公衆に対する利己的脅威か?——

    サックス マイク 保健医療社会学論集 28 (2), 25-35, 2018-01-31

    ...また、この議論は、新ヴェーバー主義が他の視点、とりわけフーコー主義やマルクス主義パースペクティブによってこれまで挑戦を受けてきたという理論的観点から批判的に取り扱われる。フーコー主義やマルクス主義パースペクティブにも弱点はあるが、医療専門職を単に島[孤立した存在]としてみなすことができず、医療専門職が統治性と資本主義の広範な社会–政治的構造に結びついたものであるということを強調している。...

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  • マフディー・アーミルによる宗派主義国家の理論

    早川 英明 日本中東学会年報 33 (2), 41-69, 2018-01-15

    ...本稿は、レバノンのマルクス主義思想家マフディー・アーミル(Mahdī ‘Āmil, 1936-1987)による宗派主義に関する理論を、アーミルがいかに国家というものを捉え、その宗派主義との関係を論じたかに特に注意しながら辿る。その上で、レバノンの左派における「世俗主義」の意味を巡る議論、およびアラブ知識人によるアラブ文化をめぐる議論の文脈に位置付けることで、新たな示唆を得ることを目指す。...

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  • 理論と実践の間の写真

    田尻 歩 年報カルチュラル・スタディーズ 6 (0), 103-124, 2018

    ...この作業を通じて、これまで日本のセクーラ研究においては十分に焦 点が当てられてこなかった彼のマルクス主義的な側面を明確に記述し、それとともに、写 真・表象研究における「リアリズム」の批判的な理解の可能性を探求する。彼が批評的活 動を主に行った1970 年代後半から1980 年代は、ドミナントな写真理論においては反リアリ ズム的な傾向が強かった。...

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  • 「システム/生活世界」図式再考

    大畠 啓 西日本社会学会年報 16 (0), 73-84, 2018

    ...<p> 近代社会の複雑性(Komplexität)と、それに由来する危機経験(意味と自由の喪失)を、社会進化や合理化の過程と両立させる形でいかに把握するかという問いは、マルクス主義以来社会理論にとって大きなテーマであった。この問いに応える代表的な試みの一つが、J. ハーバーマスの「システム/生活世界」図式である。この図式は彼の法治国家論の展開以降も、妥当性を保持しうるものだろうか。...

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  • 雑誌『農民自治』と渋谷定輔の社会運動

    新藤 雄介 出版研究 49 (0), 45-66, 2018

    <p>本稿は,雑誌『農民自治』と農民自治会を対象とし,その設立・創刊から終わりまでを,理論と非農民の存在に着目し明らかにすることを目的とした.農民自治会では,都会の非農民を中心に設立され,渋谷定輔ら農民との間で運動に対する認識の違いが存在していた.『農民自治』では,当初は理論が農民の生活実感を捉えられていないとして批判的に認識されていたが,男子普通選挙を契機に運動には理論が必要であるとの認識に転…

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  • ポール・M・スウィージーと資本主義発展の理論 : ローザ・ルクセンブルク受容と世界経済

    古松, 丈周 關西大學經済論集 67 (3), 315-329, 2017-12-10

    ...この理論は多くのマルクス主義者によって否定されてきたが、スウィージーはこの理論を否定しながらも、彼女を高く評価し、彼女の問題意識を引き継ぎながら自らの理論を構築していった。初期の主著『資本主義発展の理論』のローザ・ルクセンブルク論、そしてローザ・ルクセンブルク『資本蓄積論』のイタリア語版によせた序文にはルクセンブルクに対する批判とともに、彼女の問題意識をどう引き継ぐかという問題意識が示される。...

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  • 「テクスト論」の役割と「実践」の未来

    助川 幸逸郎 日本文学 66 (8), 51-62, 2017-08-10

    ...<p>一九八〇年代、政治的状況の変化は、マルクス主義の権威を急速に低下させた。それゆえ、左翼思想家たちの一部は、マルクスの作品に「読者に政治的実践を求めない魅力的な読み物」としての性質をあたえなくては、マルクスが時代遅れになると考えた。ポスト・モダニズムには、こうした「マルクスの脱政治化」の一環という側面がある。...

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  • 日本型社会民主主義の形成 : 1920年代前半の山川均

    米原 謙 社会科学 47 (1), 107-136, 2017-05-31

    ...日本型社会民主主義とは、英国労働党やドイツ社会民主党のような西欧社会民主主義、ボルシェヴィキのような前衛党を否定し、マルクス主義を堅持しながら民主主義の拡充を通じて社会主義革命を実現しようとする考えかたである。それは1920年代の山川均が試行錯誤の末にたどり着いた結論だった。...

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  • 00哲-10-口-08 競技者の自己疎外における自由と不安について

    長谷川 憲 日本体育学会大会予稿集 68 (0), 62_2-62_2, 2017

    ...このマルクス主義的な分析による競技者批判に対し、Hans Lenkは『Social Philosophy of Athletics』において反批判を試みている。Lenkは、競技者は疎外されずに、自己実現や自己の安定化を為す存在であると主張している。その根拠は、Lenkが競技者を達成する存在と捉え、この達成概念は、さらに競技者の実存の方法に位置づくためである。...

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  • 「同志社文学」から「貝塚」へ

    酒詰 治男 同志社大学歴史資料館館報 (19) 34-43, 2016-10-31

    ...貝塚研究に専念した考古学者酒詰仲男は、英語・英文学を専攻する学生時代を経て英語教員となったが、マルクス主義シンパの嫌疑で教壇から拘引、逮捕された。失職の末、考古学者としての再出発を余儀なくされたのだが、そのおりにも、学生時代同様、同人誌の刊行を独自の研究手法の拠点とした。...

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  • 「新道教」再考 : 全真教研究の枠組みについての再検討

    松下 道信 皇學館大学研究開発推進センター紀要 = Bulletin of the Research and Development Center of Kogakkan University 2 65-86, 2016-03

    ...新中国が誕生すると、中国では全真教はマルクス主義による歴史観の下、階級闘争の先鋭化を妨げたとして否定的な評価が下された。ただし改革開放以降、全真教などを「新道教」と見る陳垣の主張が復活してきている。他方、日本では宮川尚志が「旧道教」とされた林霊素や張伯端以下の内丹道の点検を行い、また秋月観暎は浄明道を「新道教」に位置づけようとした。...

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  • <研究論文>安部公房「保護色」の素材と方法 --シュルレアリスムとマルクス主義理論の実践として--

    佐々木, 幸喜 京都大学国際交流センター 論攷 6 1-19, 2016-02

    ...その結果、安部がアポリネールやレヴィ=ブリュルからシュルレアリスムの「方法」を学び、パンネコックからマルクス主義理論という「傾向」を学んだことを見出した。本作発表当時、検閲体制は既に終了していたが、その体制下で創刊した『群像』にあっては、「当局」を批判する「思想」が示された作品の発表は控えるという意識が働いたといえる。...

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  • 壮族の「民族英雄」儂智高に関する研究の動向と問題点

    塚田 誠之, Shigeyuki Tsukada 国立民族学博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Ethnology 40 (3), 411-457, 2016-01-28

    ...1950 年代後半から1960 年代に,マルクス主義的発展段階論にそった論争が展開された。ついで1979 年の中越戦争以降,儂智高の国籍問題が論じられ,儂智高中国人説が有力となった。1990 年代後半,「民族英雄」としての評価が出現し,2000 年以降定着した。愛国主義思想の普及にともない儂智高の「愛国者」としての位置付けが定着した。...

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  • マルクスの自然観 : エコロジーと環境問題

    島崎, 隆 経済科学通信 138 30-36, 2015-09

    ...最近、エコロジー的マルクス主義の進展や、また新メガの出版によって、マルクスが自然(科学)の問題にも強い関心をもっていたことが明らかになってきた。とくに資本主義批判や史的唯物論と自然の関係の問題、自然の搾取の問題などについて論ずる。...

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  • 倫理をめぐる新カント派と経験批判論者との論争

    佐藤 正則 言語文化論究 34 67-75, 2015-03-20

    Русских марксистов начала XX века в зависимости от их философской направленности можно разделить на три непримиримые группы: «материалистов» (Г. Плеханов и др.), «неокантианцев» (С. Булгаков, Н. …

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  • 哲学者による維新 : 戦後史学史のなかの上山春平

    山口 輝臣 史淵 152 1-29, 2015-03-14

    ...はじめに 最初の著書 すっかり過去のものとなった著書 「哲学の力」と「明治維新論の再検討」のあいだ 台湾・京都・田辺 遅かったマルクス主義体験 人文研におけるフランス革命の共同研究 マルクス主義による明治維新史研究 : 戦前編 マルクス主義による明治維新史研究 : 戦後編 1956年 フランス革命・ブルジョア革命・明治維新 講座派批判の目指すもの 上山維新論への批判 ドグマ解体の先に 明治維新からあの...

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  • 都市社会地理学の発展と都市地理学

    神谷 浩夫 日本地理学会発表要旨集 2015a (0), 100163-, 2015

    ...<br> 計量地理学に対する批判として台頭した新しい地理学研究のアプローチとして,第1に行動論的アプローチ,第2に構造主義マルクス主義のアプローチ,第3に人文主義的アプローチがある....

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  • 「プロレタリア文学史」を再編する

    竹内 栄美子 日本文学 63 (11), 12-22, 2014-11-10

    ...<p>一九二〇年代後半から三〇年代前半にかけての「正統」とされる「プロレタリア文学史」を再編するには、当時、主流をしめたマルクス主義文学の観点からだけではなく、詩誌『赤と黒』などのアナキズム詩人たちの主張を検討する必要がある。彼らは、特定の組織や党によらない芸術の自立性を主張した。...

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  • ベルジャーエフの精神的転換と唯物論的歴史理解

    佐藤 正則 言語文化論究 32 11-20, 2014-03-18

    ...はじめに 1.マルクス主義とカントとの結合の可能性、マルクス主義の内的矛盾 2.哲学的唯物論の否定、「一元論的認識理論」の試み 3.著書『社会哲学における主観主義と個人主義』と唯物論的歴史理解 4.観念論への精神的転換と唯物論的歴史理解 5.「新たな実在論」への精神的転換と唯物論的歴史理解 おわりに...

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  • 賀川豊彦と組合運動の展開 : 自助と共助による組織形成

    並松, 信久 京都産業大学論集. 社会科学系列 31 101-136, 2014-03

    ...賀川の組合主義はマルクス主義から批判され続けるが、それに対して友愛主義的な組合論を説き続けた。  賀川はさまざまな組合(労働組合、農民組合、消費組合)の創設に関わった。賀川は独自の経済学を構築したとは言い難いが、独自の経済哲学を論じた。この業績に対する国際的な評価は高いが、国内の評価は低い。しかしわが国において、賀川に関する先行研究は数多くある。...

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  • Historical Perceptions and the Consciousness of War Responsibility: Scholarly Interpretations of Modern (Japanese) History in Postwar Japan

    黒沢, 文貴 東京女子大学比較文化研究所紀要 75 19-39, 2014-01-01

    昭和戦前期、すなわち一九三〇年代から四〇年代にかけての日本の侵略行為を、今日の日本人がどのように認識しているのかという、いわゆる日本人の歴史認識について、近年日本内外で問題視されることが多い。本稿では、戦後の日本人が、いわゆる太平洋戦争につながる一九二〇年代から四〇年代(大正後半・昭和戦前期)の歴史過程、すなわち「太平洋戦争への道」(もしくは昭和戦前期の歴史)をどのように理解してきたのかを、日本…

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  • 1950~60年代のソビエト・ファッション

    藤原, 克美 経済学雑誌 114 (3), 54-75, 2013-12

    ...はじめに : 社会主義およびマルクス主義の理論には, ファッション(モード)という現象を直接に否定する要素はない。しかし, 生活水準や階級差が服装の差として現れることは, 平等を謳うソ連社会においては認められなかった。...

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  • 解題

    三浦 玲一 言語社会 7 122-122, 2013-03-31

    ...(特集2 マルクス主義批評の現在)...

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