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検索結果 28 件

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  • 昭和新党運動の重層的展開

    渡部 亮 史学雑誌 132 (2), 1-37, 2023

    本稿は、一九三八年の近衛文麿新党計画に端を発する社会大衆党の「国民の党」構想を取り上げ、その内容および形成・展開過程を地域内在的に明らかにすることを通じて、大政翼賛会の成立過程を再検討するものである。<br> 先行研究においては、一九三八~三九年の新党計画や、それと密接にかかわる社会大衆党の「国民の党」構想は、日中戦争の勃発に伴う挙国一致の必要性と関連づけて理解されるのが通例であった。これに対し…

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  • 昭和10年代における地方文化(運動)言説 -文学(者)を軸として

    松本, 和也 人文学研究所報 (66) 1-20, 2021-09-27

    ...Ⅳでは,大政翼賛会文化部が主導した地方文化運動に注目し,文化部メンバーの発言や地方での受容などを分析した。この時期には,国民文化=地方文化を大東亜文化,世界文化へと展開していく回路も言説化されていった。太平洋戦争開戦後を扱うⅤ・Ⅵでは,疎開も含めて,地方文化(運動)が「戦力」として位置づけられていく地方文化言説を検証した。ここで地方文化言説は,文化と生活とが「戦力」において一体化する帰結を迎える。...

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  • 大政翼賛会中央協力会議における 「下情上通」

    趙 頔 年報政治学 72 (2), 2_282-2_303, 2021

    ...<p>本論文では、大政翼賛会の中央協力会議の整備過程と運用状況を考察し、会議が 「下情上通」 の機能を発揮した状況を分析する。中央協力会議の意義・役割を再評価するとともに、翼賛体制における民意の表出と反映の状況をさらに解明する。</p><p> 本論文の考察から、以下の事実が分かった。制度上、中央協力会議の 「下情上通」 機能に限界・制限があった。...

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  • 日中戦争期の前田米蔵

    古川 隆久 史学雑誌 128 (6), 1-35, 2019

    ...<br> 1940年10月に発足した大政翼賛会は全体主義的な色彩が強かった。前田は、近衛との信頼関係と難題処理の実績を評価されて大政翼賛会議会局長に起用された。しかし、前田をはじめ議会の大勢は翼賛会の全体主義的色彩に不満を抱いており、議会は大政翼賛会の改組や、議会弱体化政策の阻止に成功し、前田は衆議院勢力の指導的立場を保つことができた。...

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  • 「新体制」 を巡る攻防 :

    髙杉 洋平 年報政治学 69 (1), 1_270-1_292, 2018

    <p>本稿の目的は 「新体制試案要綱」 の策定に関わる民間シンク・タンク国策研究会と陸軍省軍務局幕僚の関係を再評価すると共に, 軍務局幕僚の新体制構想の実像を明らかにすることにある。従来, 国策研究会は陸軍のブレーン・トラストと考えられており, 同会が策定した 「新体制試案要綱」 は, 未発見の陸軍の新体制構想を代替するものと明確な根拠を欠いたまま推測されてきた。しかし 「新体制試案要綱」 …

    DOI Web Site 参考文献3件

  • 徴用された〈宮沢賢治〉

    構 大樹 日本近代文学 92 (0), 64-76, 2015

    <p>本稿では〈宮沢賢治〉において「雨ニモマケズ」が中心化された諸要因のひとつを、総動員体制下の文学場に着目することで、同時代的な文学的価値の再編という観点から考察した。『詩歌翼賛』第二輯と火野葦平「美しき地図」からは、「雨ニモマケズ」の価値が《私事性》《素人性》によって生じていたことが看取される。これらは当時、「素人の創作」の流行を受け、文学場の評価軸となったものであった。また「報告文学」をは…

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  • 敗戦前後の佐々木惣一--近衛文麿との関係を中心に

    松尾 尊兌 人文學報 98 117-142, 2009-12-30

    ...その後佐々木は近衛の企てた大政翼賛会は違憲だと非難したが,太平洋戦争末期には近衛を中心とする反東条内閣,早期和平実現計画の一員に加わる。敗戦直後,マッカーサーは近衛に憲法改正を行うよう指示する。近衛が相談相手に佐々木を選んだのは,戦争末期の協力関係によるものである。佐々木は大正天皇の即位のときから憲法改正を念願としていたのでこれに応じた。...

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  • 戦後民俗学の認識論的変質と基層文化論 : 柳田葬制論の解釈を事例にして

    岩本 通弥 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History 132 25-98, 2006-03-25

    ...このような理解を生み出す民俗あるいは文化を,伝統論的構造論的に把捉する文化認識は,いわゆる京都学派の文化論を介して,大政翼賛会の地方文化運動において初めて生成された認識であるが,加えて戦後のいわゆる基層文化論の誤謬的受容によって,より強固に民俗学内部に浸透,定着化する。...

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  • 横光利一と神道思想 : 『旅愁』の古神道について

    森 かをる 日本文学 46 (9), 45-52, 1997

    ...横光利一は、国体観念の徹底を目的とした大政翼賛会が採用した禊を通じて、『旅愁』に古神道のモチーフを構想する契機をつかんだ。筧克彦の神道説の発見は、他の神道説も複合しての古神道の造形をもたらしたのみでなく、小説の構想にもかかわる点で意味が大きい。同化主義を本質とする筧の神道思想の受容によって構築されたのが、『旅愁』第四篇を中心とした、古神道がカトリックを包摂する神道的世界である。...

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  • 戦争期の東方会

    有馬 学 史淵 118 35-64, 1981-03-31

    はじめに / 一、「新体制」への参加と離脱 / 二、戦時体制と東方会 / 三、小括 : むすびにかえて

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