掌の中の無限 : チベット仏教と現代科学が出会う時
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書誌事項
掌の中の無限 : チベット仏教と現代科学が出会う時
新評論, 2003.11
- タイトル別名
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L'infini dans la paume de la main : du Big Bang à l'éveil
- タイトル読み
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テノヒラ ノ ナカ ノ ムゲン : チベット ブッキョウ ト ゲンダイ カガク ガ デアウ トキ
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注記
原著(NiL : Fayard, 2000)の全訳
もっと知りたい読者のための入門書ガイド: p414-415
内容説明・目次
内容説明
現象世界がかりそめのものであり、固有の実体をもたないことについては、仏教哲学の説くところと現代物理学者の大半が考えているところは一致しているらしいと、これまで言われてきた。しかし、それについての深い議論は聞いたことがない。ここに幸運にも、分子生物学の道からチベットの高僧の下での修行へと転身したフランス人僧侶と、ベトナム出身で仏教の伝統の下に育ったアメリカ人天体物理学者の間に、その議論が互いの納得のいくまで繰り広げられる機会が生まれた。たがいに相手の言い分に誠実に耳を傾け、問題の本質を突き止めようとする態度から、自然に「人はどう生きるべきか」という問いへの道筋が現れてくる。一粒の砂に宇宙を見よ。人間の未来をひらく僧侶と科学者の最高の対話。
目次
- 道の交わるところで
- 存在と非存在—宇宙に始まりはあるか
- 大いなる時計職人を求めて—組織者原理は存在するか
- 一粒の砂の中の宇宙—現象の相互依存と全体性
- 現実という蜃気楼—素粒子の存在について
- 夏雲を貫く稲妻のように—現実の中心にある非恒常性(無常)
- 生き物ごとに違う現実—知の雪が溶けるとき
- 私たちを生みだす行為—個人の運命と集団の運命
- 時間の問題
- カオスとハーモニー—原因から結果へ〔ほか〕
「BOOKデータベース」 より
