墓標なき草原 : 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録
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書誌事項
墓標なき草原 : 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録
岩波書店, 2009.12-2011.8
- 上
- 下
- 続
- タイトル別名
-
Genocide on the Mongolian steppe : more oral histories of the Chinese Cultural Revolution
Genocide on the Mongolian steppe : oral histories of the Chinese Cultural Revolution
墓標なき草原 : 内モンゴルにおける文化大革命虐殺の記録
続墓標なき草原 : 内モンゴルにおける文化大革命・虐殺の記録
- タイトル読み
-
ボヒョウ ナキ ソウゲン : ウチモンゴル ニオケル ブンカ ダイカクメイ ギャクサツ ノ キロク
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注記
その他のタイトルは続の標題紙による
参考文献: 下巻末p8-20, 続巻末p5-12
内モンゴル自治区文化大革命年表: 下巻末p21-28
内容説明・目次
- 巻冊次
-
上 ISBN 9784000247719
内容説明
他に先がけて文革の火蓋が切られた内モンゴルでは、かつて日本時代に教育を受けた者たちが、「内モンゴル人民革命党」一派として粛清された。さらに階級闘争論によって、漢族による草原の開墾とモンゴル族の迫害が正当化され、家畜と遊牧地は奪われ、モンゴル人への殺害がエスカレートしていった。戦慄の悲劇を招いた内モンゴルの文革。その要因と拡大化の実態を、体験者の証言を軸に克明にたどる。対日協力者はなぜ民族分裂主義者に仕立てられたのか。
目次
- はじめに—内モンゴルの文化大革命に至る道
- 「社会主義中国は、貧しい人々の味方」—中国共産党を信じた牧畜民バイワル
- 第1部 「日本刀をぶら下げた連中」(日本から学んだモンゴル人の共産主義思想—一高生トブシン、毛澤東の百花斉放に散る;「亡国の輩になりたくなかった」—満洲建国大学のトグスの夢;「モンゴル族は中国の奴隷にすぎない」—「内モンゴルのシンドラー」、ジュテークチ)
- 第2部 ジュニアたちの造反(「動物園」の烽火—師範学院のモンゴル人造反派ハラフー;陰謀の集大成としての文化大革命—師範大学名誉教授リンセの経験;漢人農民が完成させた「光栄な殺戮」—草原の造反派フレルバートル)
- 巻冊次
-
下 ISBN 9784000247726
内容説明
対日協力者が粛清されるや、革命聖地の延安出身のモンゴル人共産主義者までもが、「民族分裂主義者」として弾圧の標的となり、災厄はさらにその家族や係累へと及んだ。内モンゴルに大量の漢族移民が送り込まれ、粛清はより組織的かつ残忍なものとなり、草原は荒れた沙漠と化していく。やがて内モンゴルの文革は、一人のモンゴル人が「内通者」の罪人に仕立てられ結末を迎える。巨悪は闇に葬られ、恐怖の現実は忘却され、語ることすら許されない歴史。
目次
- 第3部 根元から紅い延安派(モンゴル人を殺して、モンゴル族の人心を得る—延安派に嫁いだオルドス・モンゴル人女性奇琳花;「モンゴル人虐殺は正しかった」—所詮は「地方民族主義者」にすぎぬ「延安派」オーノス;「モンゴル人がいくら死んでも、埋める場所はある」—大沙漠に散った延安派幹部アムルリングイ)
- 第4部 トゥク悲史—小さな人民公社での大量虐殺(「文明人」が作った巨大な処刑場—トゥク人民公社の元書記ハスビリクトの経験;「中国ではモンゴル人の命ほど軽いものはない」—家族全員を失ったチムスレン;「モンゴル人が死ねば、食糧の節約になる」—革命委員会主任エルデニの回想)
- スケープゴートもモンゴル人でなければならない—息子が語る「抗日作家」の父ウラーンバガナ
- 視座 ジェノサイドとしての中国文化大革命
- おわりに—オリンピック・イヤーの「中国文化大革命」
- 巻冊次
-
続 ISBN 9784000247788
内容説明
前著『墓標なき草原』刊行後、著者の元に多くの関係者から新たな証言が寄せられた。いま、内モンゴルでは農耕化・都市化・地下資源開発による環境破壊と強制移住が進み、モンゴル人は「ネーション」ではなく「エスニック・グループ」とみなされ、「自治」ではなく多民族による「共治」が強調されるようになり、モンゴル固有の地名や歴史が漢族に見合ったものに改編されている。文化大革命期における内モンゴルの全モンゴル族を対象とした、今なお真相が明らかにされていないジェノサイドの実態を、被害者の直接証言を通して明らかにする。文化的ジェノサイドは今も続いている。
目次
- 殖民地主義の観点から見る民姿史
- 第1部 民族の集団的な記憶(モンゴル人に設けられた長い牢獄—狙い撃ちされたモンゴルの名門;草原に消えた日本の記憶—『人民日報』の記者チンダマニ、毛澤東の「陽謀」に抗す;頭上に吊るされた無形の刀—フルンボイル草原の殺戮の嵐を生きたピルジド;農耕文明の「優越性」がもたらした虐殺—文明の衝撃の目的者、バヤジホ)
- 第2部 処刑室となった人民公社(「中国語が話せない者は、民族分裂主義者だ」—ケイルブが経験したトゥク虐殺;「漢人たちの玩具にされた」モンゴル人—ソブトダライの回想;作られたモンゴル人の「罪」—バヤンスレンとデチン夫妻の証言;陰謀に長けた隣人—ジェリム盟の造反派リーダー、エルデニ)
- 文化的ジェノサイドの時代
- 「草原の墓標」から「墓標なき草原」へ—「あとがき」に代えて
「BOOKデータベース」 より