正法眼蔵仏性を味わう
著者
書誌事項
正法眼蔵仏性を味わう
大法輪閣, 2011.5
- タイトル別名
-
仏性を味わう
- タイトル読み
-
ショウボウゲンゾウ ブッショウ オ アジワウ
大学図書館所蔵 全13件
  青森
  岩手
  宮城
  秋田
  山形
  福島
  茨城
  栃木
  群馬
  埼玉
  千葉
  東京
  神奈川
  新潟
  富山
  石川
  福井
  山梨
  長野
  岐阜
  静岡
  愛知
  三重
  滋賀
  京都
  大阪
  兵庫
  奈良
  和歌山
  鳥取
  島根
  岡山
  広島
  山口
  徳島
  香川
  愛媛
  高知
  福岡
  佐賀
  長崎
  熊本
  大分
  宮崎
  鹿児島
  沖縄
  韓国
  中国
  タイ
  イギリス
  ドイツ
  スイス
  フランス
  ベルギー
  オランダ
  スウェーデン
  ノルウェー
  アメリカ
この図書・雑誌をさがす
注記
柏樹社 昭和62年刊の再刊
内容説明・目次
内容説明
仏性とは「仏になれる可能性」などという、痛くも痒くもない他人事ではない。道元禅師の『正法眼蔵』の中でも最高峰とされてきた「仏性」の巻の真意を解き明かす。
目次
- 「仏性」という言葉について
- 一切衆生悉有仏性の章—仏性とは行きつく処へ行きついた生き方
- 当観時節因縁の章—疑っている時節そのものがやっぱり仏性だ
- 仏性海の章—山も河も畢竟帰運転の場としてある
- 汝何姓汝無仏性の章—クソまるけで寝ていても完結した自己だ
- 嶺南人無仏性の章—オレが意識しなくても息してる—びっくりしなくちゃ
- 無常仏性の章—二つに分かれる以前の深さで生き、死ぬ
- 身現円月相の章—坐禅そのものの姿がトホーもなく尊い
- 一切衆生有仏性の章—失敗してでもやるべきはやる、いつかやれていく
- 一切衆生無仏性の章—いまやるだけがやった、溜め置きはきかぬ〔ほか〕
「BOOKデータベース」 より