古代史の謎は「海路」で解ける : 卑弥呼や「倭の五王」の海に漕ぎ出す
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古代史の謎は「海路」で解ける : 卑弥呼や「倭の五王」の海に漕ぎ出す
(PHP新書, 968)
PHP研究所, 2015.1
- タイトル別名
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古代史の謎は海路で解ける : 卑弥呼や倭の五王の海に漕ぎ出す
- タイトル読み
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コダイシ ノ ナゾ ワ「カイロ」デ トケル : ヒミコ ヤ「ワ ノ ゴオウ」ノ ウミ ニ コギダス
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注記
参考文献: p279-282
内容説明・目次
内容説明
「魏志倭人伝」によると、卑弥呼の特使である難升米が洛陽まで約2000kmの航海を行なったという。耶馬台国が畿内の内陸にあった場合、彼らは本当に対馬海峡を渡ることができただろうか。またこの時代、瀬戸内海は航路が未開発であったため通ることができず、交易は主に日本海側で行われたと考えられる。当時の航海技術や地形に基づき、海人の身になって丹後半島の遺跡に身に置けば、鉄と翡翠で繁栄する「王国」の姿が見えてくる…。さらに応神帝の「海運業」や「大化の改新」などの謎を、港湾や運河の建造に長年従事してきた著者が技術者の「知」で解き明かす。
目次
- 卑弥呼と海人の海は—九州それとも大和?
- 丹後王国をつくった半島横断船曳道
- 対馬海峡を渡った熟練の船乗り
- 卑弥呼の特使・難升米の洛陽への旅の謎
- 卑弥呼とは何者か?
- 卑弥呼の時代、瀬戸内を航海できる船乗りはいなかった
- 日本人はどんな船で旅をしたか?
- 航海王・応神帝の登場—帆船が日本海を行く
- 「倭の五王」とは何者か?—五世紀、日本海の隠された歴史
- 古代史最大の謎—雄略帝の瀬戸内海啓開作戦
- 継体王朝が拓いた「近畿水回廊」とは?
- なぜ、「難しい波」と呼ぶのか?—「難波津」
- 「大化の改新」の陰に消された日本海洋民族の都「倭京」
- 遣唐使はなぜ頻繁に沈んだか
- 瀬戸内海 繁栄の船旅
「BOOKデータベース」 より