オスマンvs.ヨーロッパ : 「トルコの脅威」とは何だったのか
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書誌事項
オスマンvs.ヨーロッパ : 「トルコの脅威」とは何だったのか
(講談社学術文庫, [2664])
講談社, 2021.3
- タイトル別名
-
オスマンvsヨーロッパ : トルコの脅威とは何だったのか
- タイトル読み
-
オスマン vs. ヨーロッパ : 「トルコ ノ キョウイ」トワ ナンダッタ ノカ
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注記
原本: 講談社 2002年刊
参考文献: p239-244
索引: p250-261
シリーズ番号はブックジャケットによる
内容説明・目次
内容説明
ヨーロッパが「トルコの脅威」と力説するオスマン帝国は、「トルコ人の国家」でも「イスラム教徒だけの国家」だったわけでもない。宗教的寛容性と強力な中央集権体制をもち世界帝国を目指す「先進国」への恐れこそが、「ヨーロッパ」をつくり、近代化を促したのだ。数百年にわたる多宗教・多言語・多文化の共生の地が、民族・宗教紛争の舞台になるまで。
目次
- プロローグ—「トルコ行進曲」の起源
- 第1章 オスマン帝国の起源(ユーラシア草原を西へ—トルコ系遊牧民の西漸;トルコ族のイスラム化とアナトリアのトルコ化 ほか)
- 第2章 ヨーロッパが震えた日々—オスマン帝国の発展(オスマン朝の興隆—ムラト一世とバヤズィト一世の時代;世界帝国への道—メフメット二世とコンスタンティノープル征服 ほか)
- 第3章 近代ヨーロッパの形成とオスマン帝国(普遍帝国オスマン—「壮麗者」スレイマン一世とウィーン包囲;オスマン対ハプスブルク ほか)
- 第4章 逆転—ヨーロッパの拡張とオスマン帝国(最初の暗雲—スレイマン一世の死;変化の兆し—一六世紀後半のヨーロッパ ほか)
- エピローグ—「トルコ軍楽」の変容
「BOOKデータベース」 より