「非在」のエティカ : ただ生きることの歓待の哲学
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書誌事項
「非在」のエティカ : ただ生きることの歓待の哲学
東京大学出版会, 2022.9
- タイトル別名
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L'éthique de la 《non‐existence》 : philosophie de l'hospitalité du vivre
〈非在〉のエティカ : ホモ・パティエンスの人間学のために
Ethica of "non-existence" : philosophy of hospitality for the sake of mere life
非在のエティカ : ただ生きることの歓待の哲学
- タイトル読み
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「ヒザイ」ノ エティカ : タダ イキル コト ノ カンタイ ノ テツガク
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学位論文「「非在」のエティカ : ホモ・パティエンスの人間学のために」(京都大学, 2020年) の前半部分をもとに書きあらためたもの
文献一覧: 巻末p11-30
内容説明・目次
内容説明
「存在か無か」の図式のかげにとり残されてきた“非在”の居場所をまなざし、「ともにある」ために、哲学にはなにが必要で、なにが可能なのか。アウシュヴィッツ、水俣病、戦争、市民運動、教育、ケアといったフィールドを縦横に行き来しつつ、人間であることの歓びとかなしみを根源的に問う。アーレント、アガンベン、レヴィナス、石牟礼道子、鶴見俊輔らの思索の糸をたぐりよせ、「ただ生きること」の歓待を呼び覚ます倫理と哲学を織りあげる新しい試み。
目次
- 思考のはじまりの痕跡
- 第1部 人間的なるものの在り処—“非在”の思想的水脈(コモン・センスとしての応答的理性—アーレントにおけるパトスと人間のもろさをめぐる省察;ただ生きること、あるいは“非在”の歓待—アガンベンにおける「剥き出しの生」をめぐる批判;ホショウ科学時代におけるパテイ・マトス—アガンベンにおける経験と思想と“非の潜勢力”;審問されるコナトゥス、エティカの行方—レヴィナスとアガンベンのスピノザ)
- 第2部 “かなしみの知”と“知のかなしみ”のほとりから—弱さとともに生きること(“非在”のエティカの生起する場所—石牟礼道子とパトスの記憶誌;悲しみの器と煩悩のケア—近づくことの不可能性と遠ざかることの不可能性について;“ひずみの底の未来イメージ”、あるいは弱さの倫理—鶴見俊輔のプラグマティズムと科学技術の政治性;「方法としてのアナキズム」考—鶴見俊輔におけるユートピアとしての漫画的精神;“知のひと”から“受苦するひと”へ—石牟礼道子と鶴見俊輔の出遭いから)
- “非在”のエティカ—ただ生きることの歓待のために
「BOOKデータベース」 より