「細雪」の詩学 : 比較ナラティヴ理論の試み : ナラトロジー、ノン・コミュニケーション理論、日本の物語理論

書誌事項

「細雪」の詩学 : 比較ナラティヴ理論の試み : ナラトロジー、ノン・コミュニケーション理論、日本の物語理論

平中悠一著

田畑書店, 2024.4

タイトル別名

細雪の詩学 : 比較ナラティヴ理論の試み : ナラトロジーノンコミュニケーション理論日本の物語理論

タイトル読み

ササメユキ ノ シガク : ヒカク ナラティヴ リロン ノ ココロミ : ナラトロジー ノン・コミュニケーション リロン ニホン ノ モノガタリ リロン

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注記

博士論文 (東京大学) を改題しペリテクストを追加・変更したもの

文献目録: 巻末pi-vi

内容説明・目次

内容説明

文学は情報ではない―。谷崎最大の長編「細雪」。しかしその評価は未だ定まってはいない。本書は従来のナラトロジーを更新するノン・コミュニケーション理論を導入することで、日本語による三人称小説の“客観的に論証可能な「語り」読解”の方法論を提示し、プルースト、V・ウルフらに比肩する同時代の世界文学としてその価値を標定する。

目次

  • 第1部 視野、視点 そこで“察し”ているのは誰か?(プルーストの逸脱、『細雪』の制約;『細雪』ナラションにおける“制約”の諸様相;『細雪』ナラションの「視点」;人物視点を超えて;第1部の終わりに―『細雪』の詩学へ)
  • 第2部 ノン・コミュニケーションとしての小説 そこでは誰も語っていない―「視点」不在の“客観文”から“主観”不在の「視点」へ(ディスクール、ナラティヴ、物語;どうして「そこでは誰も語っていない」のか?;日本語におけるレシ文(中立文)の可能性と、日本語小説文の未来)
  • 第3部 『細雪』詩学 にぎやかな静寂 “声”の饗宴と、沈黙のこちら側―ディスクールとコミュニケーションの不在(記述者再登場(潜在するナラター);“いま”“ここ”で“私”たちが語りだす〜コミュニケーション性の二方向;誰も見ていない彼女たち2)
  • 結論 文学のために

「BOOKデータベース」 より

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