国語教育における「主体」と「ことばにならない何か」
著者
書誌事項
国語教育における「主体」と「ことばにならない何か」
ひつじ書房, 2024.11
- タイトル別名
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Agency and “things beyond words" in Japanese language education : in search of the foundation of finding their own words
国語教育における主体とことばにならない何か
『ことばにならない何か』との出会いから始まる国語教育の理論と実践 : 『根源的な主体』の形成をめざして
- タイトル読み
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コクゴ キョウイク ニ オケル「シュタイ」ト「コトバ ニ ナラナイ ナニカ」
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注記
表現種別: テキスト (ncrcontent), 機器種別: 機器不用 (ncrmedia), キャリア種別: 冊子 (ncrcarrier)
博士論文「「ことばにならない何か」との出会いから始まる国語教育の理論と実践 : 「根源的な主体」の形成をめざして」(広島大学, 2023年)に大幅な加筆・修正を施したもの
引用・参考文献一覧: p161-165
収録内容
- カント哲学における合理的行為者性
- 哲学と教育学、国語教育学の連続と断絶
- 国語教育の根源的問題意識
- 「ことばにならない何か」による「わたし」の形成と合理的行為者性
- 「ことばにならない何か」と出会う文学の教室
- 「ことばにならない何か」からはじまる国語教育とは何か
内容説明・目次
内容説明
国語教育における言語運用能力主義を問い直し、学習者の「主体」を形成する場として国語教育を再構築する。さらにカント哲学の視座からことばの学びを描き出すことで国語教育学と哲学とのあるべき関係を提示する。「ことばにならない何か」をめぐる冒険的な国語教育論。
目次
- 第1章 カント哲学における合理的行為者性―「わたし」の基礎となる認識・行為の主体とはどのようなものか
- 第2章 哲学と教育学、国語教育学の連続と断絶―(国語)教育学は哲学を「正当に」受容したのか?
- 第3章 国語教育の根源的問題意識―「ことばにならない何か」と対峙するとはどのようなことか
- 第4章 「ことばにならない何か」による「わたし」の形成と合理的行為者性―カント哲学の“課題”としての国語教育
- 第5章 「ことばにならない何か」と出会う文学の教室―「リア王」のリーディングシアターを通した「主体」形成のための実践
- 結章 「ことばにならない何か」からはじまる国語教育とは何か
「BOOKデータベース」 より

